4:45から始まります。出てくるファイターは二人。
発見した時に心中、「え〜、見たことねえよ!」としか言いようがなかったCMです。
さあ、誰と誰でしょう?
この商品を宣伝するなら、やっぱこの人ですね。
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今回のネタは、菊池桃子の銀幕デビュー第2作、「テラ戦士ΨBOY(サイボーイ)」(1985)以来、映画というものを観ていないという世にも珍しい御仁、南カリフォルニアを代表するアイドル文化の発信塔、「紅白幕足四の字」の執筆者、みおりんに捧げます。
菊池桃子というヒトは私と同学年のアイドルなのですが、一つの言い方としては「我々が」中学三年の時に学研が満を持して世に送り出した超大型の隠し球なのです。
菊池桃子の銀幕デビュー作は「パンツの穴」(1984)ですが、この「パンツの穴」というのは学研の月刊誌「BOMB!」(ボム)の名物投稿コーナーです。
ボムというのは少年誌でも漫画雑誌でも青年誌でもなく、当然成年誌でもなく、どういう連中が読むのかというと中学・高校の「思春期ド真ん中」のヤローどもです。
「アイドル誌」という言い方でも間違いではありません。「平凡」と「明星」を女性アイドルだけにして判型を小さくして下世話な方面もカバーすればボムになると言えましょう。
私が毎月、買って読んでたのは中学二年の三学期から高校一年の一学期のあたりでした。小学生の頃から親に隠れて購買していたみおりんはあっぱれなガキです。さすが六本木育ち。
さて、「パンツの穴」というボムそのものの定義とすら言える人気コーナーは読者が虚実、織り交ぜて、すなわち実体験とデッチあげの両方をもって、ノンフィクション風、小説風、日記風、回顧録風、手紙風、独白風などの自由な手法で書いて送ってくる「作文」掲載のページです。
毎月どのぐらいの投稿があったのか知りませんが掲載されるのは編集部に秀作と認められた3,4人です。
中には滅茶苦茶、筆の立つヤツもおり、かなり楽しめました。
「400字詰め原稿用紙何枚以内」という応募形式だったはずです。
映画化の際には「パンツの穴」のエッセンスが盛り込まれたオリジナルの脚本が書かれたので一般的な原作とは趣きが違います。「極道の妻たち」と同様です。
映画の「パンツの穴」が公開されたのは1984年3月17日でモロに春休み映画です。中学三年生達の悲喜こもごもの物語。
私は中学卒業と高校入学の間の平々凡々とした日々の一日、中学の友人達と6,7人で出かけました。
私の記憶では横山やすし主演で息子の木村一八も生徒役で出演している「ビッグマグナム 黒岩先生」と、あともう一本の三本立てだったはずです。
当然ながら、公開に先がけてボムの誌上では何度も特集が組まれ、ボムの読者はほぼ100%、劇場に足を運んだことと思います。
その前フリ特集にて「我々がこの映画のために温存していた秘密兵器」として「このコが主役のヒロインだ!」と紹介されたのが全国のボム読者のヤローども全員が「お〜〜〜」と感嘆の声を上げたに違いない美少女、菊池桃子でした。
菊地桃子の芸能界デビューというのは前年1983年11月の学研の「Momoco」というアイドル誌のイメージガールとしてです。
ここで重要なのは菊池桃子という名前は本名であるというところ。
要は学研は新しく創刊する「Momoco」というアイドル誌のために菊池桃子を起用したのではなく、菊池桃子という人材を獲得したことによって「Momoco」を創刊したのだということです。
それほどの大物、それほどの美少女であったということ。
そして、Momocoでの菊池桃子というのはあくまでも雑誌のイメージガールですから写真のみの存在であり、「動く姿」と「声」が初披露されたのは映画「パンツの穴」なのです。
レコードデビューは映画公開の後で、Wikiによれば1984年度のブロマイド年間売り上げ一位。
Wikiにはボムの表紙を飾ったアイドル達の年表まであるのですが1984年に菊池桃子は3回も表紙になっています。
他の9ヶ月が9人一回ずつであることを考えればかなりの大人気/大プッシュっぷりです。
ちなみにラフィン・ノーズの「イースター」(1988)という本に書かれているのですが、ラフィンのリーダーのチャーミーがメジャーデビューのレーベルをVAPに決めた理由はVAPで一番、売れているのが菊池桃子だったからです。
「俺らパンクスやけど、メジャーからデビューすんねんから、インディーズの方法論やったらあかん。菊池桃子を売り出したように俺らを売り出してもらおうやないか」という趣旨でVAPに決めたそうです。
ちなみに当時の私にとってVAPといえば一にも二にもプロレステーマ曲集でしたが(笑)。
さて、「パンツの穴」の監督は鈴木則文で、この人はとにもかくにも菅原文太の「トラック野郎」シリーズで有名な監督です。
そして、kamiproの変態座談会の映画特集で語られ、私の映画好きの友人のN君に語られているように今じゃ到底、考えられない公共道徳に反する表現をバンバン撮ってきた監督です。
実は今回、この頁を書くにあたって「パンツの穴」で検索をかけたら1:51:33の丸ごと一本を無料でフル再生できるリンクが出てきたので実に約28年ぶりに観てみました。
そして、当時は「こんなのを観てると親にバレたらヤバいな」と思ったはずですが、今回は「こんなの、自分の子供にゃ見せらんねえな」と思いました(笑)。
出演者に関しては私の記憶では一番の大物は声のみの出演の武田鉄矢だったのですが、他にハナ肇と井川比佐志も出ています。
ハナ肇は既に亡くなっていますが他にも他界されている上田馬之助とたこ八郎が特別出演しています。
そして、こちらも私と同い年アイドルである武田久美子も出ています。
冒頭のキャストクレジットで目にとまったのが豊原功補で、「え? 何の役で出てんだ? やっぱ不良か?」と思ったらやっぱり不良役でした(笑)。声も顔も全く変わってません(笑)。
ちなみに1980年代前半という時代を象徴する数々のアイテムの中で一番、私がウケたのは「ボーリング・シャツ」です。
Oh, yeah! RATT 'N' ROLL!!
RATTは候補曲が多くてこのシリーズのスタートからこの方ずっと熟孝してきました。
私はこれまでの人生で日本武道館には一回しか行ったことがないのですが、その一回は1987年春、宇都宮のウォーレン・デ・マルティーニことH君と行ったRATTの"Dancing Undercover Tour"の追加公演です。
この曲、"Body Talk"はアルバム"Dancing Undercover"(1986)のA面最後の曲。
全く憶えていないのですがWikiによればエディ・マーフィーの"The Golden Child"(1986)のサウンドトラックに使われていたそうです。
正直に白状すると歌詞の"Let it out"の部分、ワタクシは長いこと"Anyhow"だと思ってました(笑)。
ちなみに若気の至りで車をトバしまくってた十九、ハタチの頃に私が出した最速の記録は時速135マイル/217キロなのですが、その時のBGMは"Dancing Undercover"の次のアルバム"Reach for the Sky"(1988)のB面1曲目、"Chain Reaction"です。
私にとって「ギターヒーロー」という称号が一番しっくり来るのはやっぱウォーレンです。
H君は「ウォーレンが一回で吐き出すマルボロの煙の量が凄えんだよな」と言ってましたが、現在は私同様、大の嫌煙家である彼の当時の写真の中には明らかにウォーレンの煙草の吸い方を意識しているショットが数枚あります。
RATT: Body Talk
私が持っている幾多の格闘技Tシャツの中には特定のイベントや選手をモチーフにしていないデザインもかなりあります。
これはグラップリングTシャツ。色はダークブラウン。
最近は日本の格闘技メディアでも割と普通に使われるようになった表現ですが、"Roll"というのは柔術とグラップリングの組み技競技のスパーリングのことです。「ゴロゴロやる」ということですね。
緑の葉っぱはズバリ、マリファナで、"Stoned"というのはいわゆる「(マリファナで)ラリっている」という意味です。
The Rolling Stonesと韻を踏んで"Rolling Stoned"、すなわち「(寝技スパーで)ゴロゴロやって、ああ気持ちいい」というメッセージです。
「ドラッグなんかより格闘技で気持ち良くなろうや」という健全な啓蒙のアプローチにも取れます。
これは柔術の仲間達には非常にウケがいいのですが、チームメイトの一人で空手の道場をやってるヤツがキッズ柔術トーナメントを道場で開催することになった時、「観に行くよ」と言ったら即座に「あれ、着てくんなよ」と言われました(笑)。
当然です。そのぐらいの常識はある(笑)。自分の子供の前でも着ませんから。
MMA Tシャツの問屋サイトで確か特価5ドルかそこらで買ったと記憶しています。
バックプリントの意味は不明。
銀幕の中で一番、光り輝いているファイターは元The RockのDwayne Johnsonであると書いたことがありますが、私のこの意見は二年半以上経って全く変わっていません。
ひとつ大きく変わったのはこのスーパースターはもはや元プロレスラーの枕詞が全く必要ないほどにハリウッドでビッグな存在になったこと。
そういった意味では、もはやDwayne Johnsonを「映画の中のファイター」として語るのはナンセンスであると言えます。
Wikiによると、NFLのスーパースターを演じてバレエまで踊ってみせたディズニー映画の"The Game Plan"(2007)がDwayne "The Rock" JohnsonとしてThe Rockのリングネームをクレジットに入れた最後の出演作品だそうです。
私としては"The Rundown"(2003)や"Walking Tall"(2004)などのタフガイも、"The Game Plan"や"Tooth Fairy"(2010)などのヒーローも、"Faster"(2010)や"The Other Guys"(2010)などのハードボイルドも好きなのですが、何と言っても一番、大好きなのは"Be Cool"(2005)に尽きます。
ワタクシ、あの作品を観て「ああ、この人はずっと映画スターとしてやっていくんだな」と思いましたから。
圧倒的な強さ、逞しさだけでなしに喜怒哀楽全般を鮮やかに表現してみせる人材ですから子供達が憧れるヒーローとしてディズニー作品への出演はずっと続けてほしいと思います。
追記:
ワタクシの勉強不足により「元The Rock」などと書いてしまい、ニューヨークの道姓ちゃんからお叱りのメールをいただきました。
元?
バリバリの現役やがな。
次のレッスルマニアのメインやで。
とのこと。
ホントだ、ジョン・シナとのWWEタイトルマッチ!
If you smell what The Rock is cookin'!
元Kamipro/現Dropkickの名物ライター、栃木県出身の堀江ガンツさんの前田日明のモノマネも相当のハイレベルなのですが、このグラップラーたかしという達人の前田の真似はタダゴトじゃない芸術ですね。
UFCの成功を直接的原因に、BJJ(Brazilian Jiu-Jitsu)とMMAのジムが全米で増え続けているのは周知の通りと思いますが、フィラデルフィアでも私が2002年にMaexerciseで柔術を始めた頃に比べてかなり増えました。
いわゆる道場としてのジムではなくフィットネスクラブの会員向けクラスで柔術を教えているところも含めると相当な数になります。
Maxerciseはフィラデルフィアで一番、最初に柔術を教える道場としてオープンしたジムで、創始者のSteveが1993年の第一回のUFCに投資していることからも歴史の長さがうかがえます。
現UFCライト級王者のフランキー・エドガーはヘンゾ・グレイシーとヒカルド・アルメイダのコンバットチームの所属ですが、元々はフィラデルフィアのBalance Studios/Team Balanceの出身で、このBJJ, Yoga, MMAのジムはマクササイズから独立したMigliarese兄弟のところです。
Maxerciseは元々はグレイシー柔術、特にへウソン直系の道場としてオープンし、セミナーにはホイスがちょくちょく来ていたそうですが私が始めた頃は既にグレイシーの名は使っていませんでした。
その後、まあ色々な時代があって、現在の筆頭師範、並びにジム・オーナーは柔道のバックグラウンドから柔術を初めてサウロ・ヒベイロ認定での黒帯に至ったJohn Disimoneです。
現在のMaxerciseにおける、設立当時のへウソン・グレイシーのようなゴッドファーザー的組織の頂点はサウロなのです。
私のスーツケースの表裏両面にもサウロ柔術のステッカーが貼ってあります。
先日、久しぶりに練習に参加した時は寝技乱取りでゴロゴロやりながら「つっくづく楽しいなあ〜」と思いました。
そして、一年ぶりに来てみたらウォータークーラー用のカップが使い捨ての紙カップから個人個人でキープのステンレスの水筒に替わっていたのですが、次にいつ来れるか誰にも分からないにも関わらず次の時のためにTashinと書いてずっとキープしてくれるってマジでホントにありがたいよ!
Me and John, out of focus.
さらば、TLA。
フィラデルフィアの地に外国映画とアメリカ国内のマニアックな作品を紹介し続けてきた貴方の功績は計り知れません。
これまで銀幕腕十字の洋画のカテゴリーよりもむしろ邦画のカテゴリーで何度も紹介してきたフィラデルフィアを代表するレンタル屋、TLA(Theatre of Living Arts)が経営破綻で姿を消しました。現在はテナント募集中の空き家です。
フィラデルフィア屈指の充実したインターナショナル・セクションを誇り、日本人経営の日本人向けのレンタル屋を入れて勘定したとしても映画に限って言えば全米でも相当、上位にランクされるのではないかと思われるほどの英語字幕付き邦画のワンダーランドだったので実に残念です。
しかし、これはもう時代の流れ以外のナニモノでもないでしょう。
各種のディスカウント・プランなどで粘っていたのですがオンライン・レンタル、ダウンロード、ストリーミングに完膚なきまでに凌駕されたということです。
これは昨年、破産してフィラデルフィアでもBroad & Chestnutの一等地から姿を消したBorders Bookstoreも同様で、こちらの空き家風景もかなりショッキングでした。
そして、フィラデルフィアの画材屋の老舗の一つであり、私などは何百回、足を運んだか知れないUtrechtは母校の芸大と目と鼻の先ということで未だ生き残っていますが、South Street沿いの大店(おおだな)、Pearlは無くなってしまいました。
今回、楽しみにしていたPotbellyというサンドイッチ屋に代表される、気に入った飲食店がいつの間にか潰れてなくなっている状況というのは実に寂しいものですが、TLA, Borders, Pearl, すなわち映画、本、絵の発信基地が潰えて(ついえて)しまった様を目の当たりにすると「君のライフスタイルは化石だよ」と言われている気がします(笑)。
まあ、柔術とMMAはジムと大会のハードとソフトの両方で増え続けているからいいんだけどさ。
UFCの正規のPPVには基本的に三種類の料金設定があります。
一つ目は衛星放送とケーブルテレビの$44.95 plus access feeのパターンで、これは録画自由。
二つ目はオンラインPPVで$26.99。
これは最初の再生開始から24時間のみ見放題で、イベント開始か終了から一ヶ月間のみ最初の再生可能。
そして最後は全米各地のスポーツバーでのアドミッション10ドルのPPVです。
このパターンだと、煙草を吸うために外に出ている連中が店内に戻る時にタダで紛れ込むヤツもいます(笑)。
この他、ラスベガスではイベントが実際に行われている会場の別室でのクローストサーキットもあり、値段は$50前後でしょうか。
さて私が、数日前のこととはいえ既に昨年の話となったUFC 141: Lesnar vs. Overeemを観戦したのはフィラデルフィアの街中、15th. and Pine StreetのFox and Houndというスポーツバーで我が家から徒歩10分ほど。
ちょくちょくというほどではありませんが、たまに行くところです。
ここは確か夜9時半以降がAdult Admission(21歳未満の未成年は立ち入り禁止)となる店で、今回のUFCはPrelimスタートの9時からアダルトオンリーの入場料10ドルだったと思います。
で、店内トータル14だか15だかのモニターの半分近くはNFLなどの他のスポーツを映しており、10時のメインカード開始までは店内の音声はNFLでした。
広い店内に集まったのは約400人といったところでしょうか。
盛り上がった場面にトップ3の順位をつけるとすると、
1. メインの勝敗が決した時。
2. 私がこれまで常々、何でもっと上の選手と当ててもらえないんだ?と不満だったJohny Hendricksがついに掴んだビッグネームとの対戦、Jon Fitch戦をKnockout of the Night獲得の秒殺失神KOで決めた瞬間。
3. Fight of the Night獲得のNate Diaz vs. Donald Cerroneの第3ラウンド開始時、ネイトがセローニに思いっきり中指を立てた時。
私は連れのダチと、Superbowlのハーフタイムショーでジャネット・ジャクソンが胸を出してしまって以来のアメリカのテレビの「生放送でも9秒ディレイ」の法則にのっとれば今のミドルフィンガーはボカシてあった筈なのに何でまたあんだけクリアーに出てたんだ?と別の意味で盛り上がりました。
いわゆる地上波でなければセーフなのだということでしょう。
極寒の宇都宮に比べると拍子抜けするくらいに生暖かいフィラデルフィアです。
今回は往路がシカゴ経由で復路がトロント経由なのですが、往路のみ約20年ぶりに(もちろん正規の料金は払わずに)ビジネスクラスでした。
この20年間のビジネスクラスの進化に驚きつつ快適極まりない環境で純米酒などを舐めつつ観た一本目の映画は"Warrior"。まだDVDリリース前の新作です。
UFCとSpikeが仕掛けたTUFの大成功以降、MMAを扱った映画というのはかなりの数に上りますが、"Red Belt", "Never Surrender", "Never Back Down"などのMMAを主題とした作品も含めてファイトシーンがリアルに描かれた作品はただの一本もありませんでした。今までは。
"Warrior"も脚本あるフィクションの映画作品である以上、リアリズム追求には限度があるのですがそれでも私が知る限りのこれまでの全ての格闘技シーンの中で最高の臨場感と説得力を見せてくれています。
クライマックスの舞台となる16人掛けミドル級トーナメントの舞台はアトランティック・シティー。
私は今はギャンブルは全くやりませんが昔はそれなりに勝負したクチで、一番、贔屓にしていたカジノ、RESORTが選手宿舎として登場しており、決戦の舞台はボクシングのメッカでキャパシティー13,000人の、私はティム・シルビアがリコ・ロドリゲスをワンパンでシバキ倒してヘビー級新王者になったUFCを観戦したAtlasntic City Convention Centerです。
ファイターとして出演しているキャストもまあ豪華で主人公二人のうちの一人がトーナメントで対戦するのは一回戦がアンソニー・ジョンソンで二回戦がネイト・マーコート、そして準決勝は無敵のロシア人チャンピオンを演じるカート・アングルです。
ラシャド・エヴァンスも本人役でカメオ出演しており、マニアックなツボは主人公がトレーニングに励むことになるジムの壁を飾るポスターが懐かしのフランク・シャムロック対ヘンゾ・グレイシーのスーパーファイト。
これは世の男ども全員必見の凄い作品です。
裸絞めをこらえる相手に"I love you"と伝えて絞め切るセンチメンタリズムが涙なくして観られない美しさで描かれてる映画なんて他のどこを探してもないよ!
昨晩のUFCに関しては頁を改めて視聴環境に関してを中心に詳しく書きます。
年末に相応しい動画を見つけました。
素晴らしい! 作ったヤツに旨いもん奢ってやりたい。
今日から10日ほど更新頻度が落ちます。よいお年を!
今年も大晦日の風物詩、さいたまスーパーアリーナでのビッグイベントが迫ってきました。あとほんの四日です。
今からちょうど10年前、大晦日の興行が格闘技の大会として初めて行われた年のメインイベントのジェロム・レバンナの入場に関してはこのシリーズの第9回で書きました。
あれは凄いインパクトでした。
そして絶対不利の下馬表を覆してジェロムから大感動の大金星をあげた安田の入場シーンも忘れることが出来ません。
あの時の安田の入場の忘れられないポイントというのは、坂口征二から受け継いだ入場曲「燃えよ荒鷲」でもなければ安田の佇まいですらもありません。
ジェロムの入場が忘れられない理由がジェロム本人でないのと同様、あの夜の安田の入場が忘れられない理由は安田本人ではないのです。
では一体、何をもって「忘れ得ぬ選手入場シーン」なのかというと、一重に「成瀬が邪魔だった」に尽きます。
坂本龍馬を敬愛する成瀬昌由はリングスを脱藩した後、当時、新日本プロレスにフリーの立場で参戦しながら安田の総合格闘技のコーチを務めていたのですが、この夜、露払いのつもりか安田の「前」を歩いてきた成瀬はいただけなかった。
今回、唯一、見つかった動画では成瀬はそんなに映ってないのですが、私が観たスカパーPPVノンカットヴァージョンでは花道正面からのアングルで成瀬の「作った顔」が映りまくってました。
"Into The Blue"(2005)で初めてジェシカ・アルバを見た時、私はこう言っちゃ何だが"This girl is the Goddess!"と思いました(笑)。
しかも2005年という年にジェシカ・アルバは"Sin City", "Fantastic Four", "Into The Blue"と、世界中の男どもをノックアウトした三作に出演しています。
これはもう、武藤敬司がIWGPを初戴冠し、G1クライマックスを初制覇し、新日ーUインター全面対抗戦のトリで高田を斬ってとった1995年に匹敵する年として我々男どもは記憶すべきです。
私は"Machete"(2010)でジェシカ・アルバとキスシーンを演じたダニー・トレホに心中、"You're the luckiest Badass of all time"と語りかけたよ(笑)。
一年前の時点で「K-1ルールでもいい」と言っていた菊野克紀の希望が叶ったと捉えていいのではないかと思われる大晦日の長島☆自演乙☆雄一郎との大一番のメディアの扱いに関してどうにも気に入らないことがあります。
それはミックスルールに関してではなく、かなり多くのメディア、しかもDREAMホームページまでもがこの試合の契約体重「73.5キロ」に触れていないことです。
DREAMのホームページなんぞは「MIXルール ライト級ワンマッチ」と言って憚らない。
いいですか、ライト級リミットの70キロとこの試合の契約体重は3.5キロ、パウンドだと7.5パウンド以上、違うのですよ。
このキャッチウェイトの部分をきちんと書いて伝えなければ格闘技メディアの責務は全く果たせていないと私は思うのです。
私は当然、菊野を応援しますが決して長島を嫌いな訳ではありません。
長島は元々はMMAファイターですからK-1が無くなった現在、IGFでのプロレスに励むよりも早くDREAMに来てほしいとも思います。
菊野対長島は双方のこれまでのキャリアと比しても屈指の好カードと言えましょう。
さらに言えば長島のK-1 MAX日本大会優勝以来の知名度を全く抜きにしても格闘技観戦白帯層にも分かりやすいマッチメイクです。
その分かりやすさの核は、MMA黎明期の"Discipline"のコンセプト、すなわち二つの異なる絶対的バックボーンが対峙する熱さに他なりません。
しかし、この試合が73.5キロの契約体重で行われることはきちんと伝えられなければなりません。
プロレス仕様に増量したが故にK-1 MAXの70キロまで落とせない/戻せない長島の都合に譲歩して未知の73.5キロを承諾したのは菊野なのです。
通常体重80キロからライト級リミットの70キロに減量する数年来の確固たるペースを壊して大晦日の大舞台に上がるのは菊野なのです。
菊野も高阪も「いつもより3.5キロ分、減量が楽な代わりに何をどう調整していくか」というのは考え抜いていることでしょう。
当日のリング上の菊野が「いつも通りの軽い動きでいつもよりも重い攻撃」を実戦できるよう陰ながら祈っています。
長島は好きでプロレスやって、蝶野やボブ・サップとの試合でバンプ出来る身体にまで増量した訳ですから大晦日まで調整で苦労するのは当たり前。
群馬県の渋川市というところで行われた「男はつらいよ」の催しに行ってきました。
松竹・山田組のチーフ助監督として1971年から1991年の松竹退社までの20年間に渡って山田洋次監督の全ての作品、もちろんその間の全ての「男はつらいよ」の製作にたずさわった五十嵐敬司という方が当時の思い出話し、苦労話しを語りつつ寅さんの名場面をダイジェスト上映していく企画です。
ある意味、私がかつてプロレス格闘技宴会で熱弁をふるいながら「船木対中野」、「高田対バービック」、「ハン対フライ」、「高田対北尾」、「猪木対ベイダー」、「田村対山本」、「アレク対ファス」、「桜庭対ホイラー」、「ノゲイラ対サップ」などのビデオを次々と見せていたような空間を静かで落ち着いた雰囲気にしたようなカンジと言えばニュアンスが伝わるかと思います。
ゆったりと楽しみました。
五十嵐さんは今年、喜寿を迎えたとのこと。
私の知っている日本の70代の人達というのは殆ど例外なくカクシャクとしていらっしゃいます。
会場の中から抽選で4名にプレゼントの著作の最後の一冊を引きの強さで当てました。
心中、蝶野正洋のシャウトで"Come on!"を連呼していたのが功を奏したようです(笑)。
いかんともしがたい体格差があるとはいえ圧倒的実力差です。
特に二試合目のシザース!
この長州のシザースは、あまりにも有名な1995年10月9日、東京ドームにおける新日ーUインター全面対抗戦の二日後に大阪府立で行われたUインター主催興行のメインでタッグマッチで実現した長州ー垣原戦の一コマを強烈に彷彿させます。
10・9で健介を破って対抗戦の主役、ならびにゴールデンカップスの路線を邁進した安生に替わって「Uインター正規軍」の若頭となった垣原はこのタッグマッチの試合後、長州をして「あの垣原って若いのはいいな。俺は褒める!」とまで言わしめたのですが、試合中、長州のシザースに捕まってこの動画のマダガスカル人のように両肩をマットにつかされた垣原は全く返す術なく固められたままでした。
その様は後に私が打倒ジョルジュ・サンピエールの最有力候補と睨んでいたアンドレ・ガウバオンがヒクソンと柔術ルールでスパーして押さえ込まれた時の感想、「眼球しか動かせなかった」を彷彿させます。
グラップリングで全盛期の長州対ジェフ・モンソンとか見たいねえ。
ごく最近、去年のK-1 World GP決勝戦の動画を観ました。
今、思うと最後のグランプリに相応しいドラマに満ちた顔合わせと試合内容であったと言えます。
オランダは最後までヘビー級キックボクシングの盟主として君臨し続けました。
試合のギャラとは別の優勝賞金も40万ドルですからK-1が最後に打ち上げた花火は今では考えられないほど大きかったということです。
K-1グランプリもの大きな大会が1993年から18回も続いたということが奇跡的だし、It's ShowtimeがK-1以上の物を作っていけるとは俺には思えません。
1998年から2007年までK-1 GPの優勝予想をプロデュースしていた人間として断言しますが、8人掛けワンナイトトーナメントのK-1グランプリほど一般人に届くアプローチの大会はありません。
私のポン引きよりも強引な勧誘の産物とはいえ、これまでに何十人の格闘技のカの字も知らない一般人が熱狂したことか。
本当にありがとう、K-1。心から感謝します。
石井慧のプロデビューからちょうど二年、念願のエメリヤーエンコ・ヒョードル戦まであとちょうど10日です。
笹原圭一DREAMイベントプロデューサーが正式発表の記者会見の席で「メインしか考えられないですね」と発言した通り石井対ヒョードルの一戦は今年の大晦日興行の大トリとして行われますが、石井がメインの重責を担うのは実は今回が初めてです。
ヒョードルは二年前のデビュー戦の相手としても浮上しましたが私としては絶対に反対でした。
石井は打倒60億分の1の気概でヒョードル越えを目標に総合に転向した選手ですからやる気はまんまんだったと思うのですが実現しなかったのは条件が折り合わなかったことプラス、回りがやらせなかったという側面が大きいと思います。
選手がやりたいと手を挙げてもサポートしているチームメイトがやらせない決断を下すのは時として重要なことで、私としては当時の石井のサポートメンバーが時期尚早と判断したと思っておきたいのです。
例えば今、桜庭和志がジョルジュ・サンピエールとやりたいと言ったとしてもやらせるべきではないのと一緒です。
さらに突っ込んで言えば大山峻護の総合デビューの相手がヴァンダレイ・シウバで成り立った時代ではないということです。
今でも私の個人的な意見では石井のデビュー戦の相手はキンボ・スライスが最適だったと思うのですが、結果的に「胸を貸した」のは吉田秀彦です。
二年前の大晦日興行というのはDREAMと戦極が一緒にやることになったせいで揉めに揉めたのですが、石井個人にとっては勝てば官軍のマッチメイクだった筈です。しかも石井に望まれたのは圧勝。
しかし結果的に戦闘竜戦でデビューした時の瀧本誠同様に「総合をナメていた」と思われても仕方ない試合内容で判定負けを喫し、石井はこの二年間、「凡戦デビュー黒星」の呪縛に捕われたままです。
石井のこれまでのMMA戦績は吉田戦の後にハワイで行われたエキシビションマッチを除いて「4勝1敗1分1ノーコンテスト」ですがファンの心に届いた試合はまだ一つもありません。
無差別級でのオリンピック金メダリストという金看板とデビュー戦の吉田戦で広げた大風呂敷のせいで石井のハードルはとてつもなく高いのです。
今回のヒョードル戦に勝利すればUFCが本腰を入れて獲得に動き、負けても石井の覚悟が伝わる名勝負となれば日本の格闘技ファンは「怪童の黎明」に喝采を送り今までのモヤモヤをチャラにするでしょう。
しかし、予定9時間の超ロングラン興行の最後で疲れ切った観客が最後のエネルギーを振り絞って声援を送る大トリで吉田戦と同じ試合内容で負けたら、石井の格闘家としての必要価値は文字通り地に落ちることになります。
昨日、息子に頼まれているONE-PIECE関連グッズを物色しに宇都宮のベルモールというショッピングモール内のVillage Vanguardに行ったらいきなり店内BGMでMiami Viceのテーマがかかっていました。
懐かしさに打ち震えていると次にかかったのがHuey Lewis & The Newsの"Power of Love"。
「やっぱ、I Love 栃木Tシャツを売ってる店はセンスいいねえ」と感動しながらドンキホーテに輪をかけて狭苦しい通路を徘徊していると、CDセクションで「ただいま再生しています」の張り紙を発見。
要は売り物のCDをサンプルとして店内に流しているということです。
さっそくCDを手に取ってみるとカヴァーを彩るのは私がか〜な〜り好きな"Peeping Life"の登場人物達。
私の興味指数はバアーンと上がりました。
"Peeping Life"はかなりの数の動画がYouTubeにアップされてますから、まだ観たことのない人はぜひとも体感してください。
さて、CDのタイトルは"Don't Stop The 80s Movie Hits Non-Stop Mix"。
1980年代にヒットしたアメリカ映画のテーマ曲集という、ある意味、銀幕腕十字を書いてるヤツがプロデュースしたんじゃねえの(笑)?と訝ってしまうようなコンピレーション・アルバムです。
値段が80sチックな3,200円とかだったら逡巡したかもしれませんが、平成プライスの税込み1,995円だったので即買いしました。
"Peeping Life"の一編を貼っておきます。
 
さて、収録曲はオープニングの「20世紀フォックス・ファンファーレ」を入れて全23曲。
"Footloose"からはケニー・ロギンスの"Footloose"とボニー・タイラーの"Holding Out For A Hero"(邦題:「ヒーロー」)が登板されていますから映画の数は21本です。
そして「さすが俺」と自画自賛するところですが私はこの21本、全て観ています。
21本中、劇場でロードショー公開を観たのは6本。
さらに銀幕腕十字の「コテコテ80'sの名曲」では、"Eye of The Tiger", "Power of Love", "Footloose"の3曲を紹介しています。
「20世紀フォックス・ファンファーレ」以外の22曲の中には、1994年公開の"Reality Bites"で使われている、ビルボード5週連続1位を記録したThe Knack(ザ・ナック)の1979年の大ヒットデビューシングル、"My Sharona"という「最っ高の曲だけど、ぶっちゃけ、80sと関係ねえじゃん」と突っ込まずにはいられない曲と、"La Bamba"同様、私のアメリカ生活最初の年の大ヒット映画、"Dirty Dancing"(1987)で使われたオールディーズの"Be My Baby"という例外はありますが、その二曲以外は全て80年代の映画と切っても切り離せない80年代の曲です。
収録曲をババッと書き出してみると以下の通り。
1. 20th Century Fox Fanfare
2. My Sharona: The Knack
Reality Bites (1994)
3. Danger Zone: Kenny Loggins
Top Gun (1986)
4. Ghostbusters: Ray Parker, Jr.
Ghostbusters (1984)
5. Axel F: Harold Faltermeyer
Beverly Hills Cop (1984)
6. The Raiders March: John Williams
Indiana Jones series (1981-)
7. Wild Thing: X
Major League (1989)
8. Eye of The Tiger: Survivor
Rocky Ⅲ (1982)
9. Kokomo: The Beach Boys
Cocktail (1988)
10. The Original Miami Vice Theme: Jan Hammer
Miami Vice (1984-)
11. The Power of Love: Huey Lewis & The News
Back To The Future (1985)
12. Flashdance... What A Feeling: Irene Cara
Flashdance (1983)
13. Never Ending Story: Limahl
Never Ending Story (1985)
14. Secret of My Success: Night Ranger
Secret of My Success (1987)
15. Theme From Star Trek: Maynard Ferguson
Star Trek series (1979-)
16. Pretty in Pink: The Psychedelic Furs
Pretty in Pink (1986)
17. Be My Baby: The Ronettes
Dirty Dancing (1987)
18. Heart's on Fire: John Cafferty
Rocky Ⅳ (1985)
19. The Goonies 'R' Good Enough: Cyndi Lauper
The Goonies (1985)
20. The Moment of Truth: Survivor
The Karate Kid (1984)
21. Holding Out For A Hero: Bonnie Tyler
Footloose (1984)
22. Hazy Shade of Winter: Bangles
Less Than Zero (1987)
23. Footloose: Kenny Loggins
Footloose (1984)
私のアドレナリンとエンドルフィンがババーンと全力疾走したトップ2は"Wild Thing"と"Holding Out For A Hero"です。
"Wild Thing"は"Major League"のクライマックスで押さえの豪速球ピッチャー、チャーリー・シーンの登板シーンで使われる曲ですが、あのシーンのド興奮を経験したことのない人は出来る限り早くレンタル屋に行くことを薦めます。
そして"Wild Thing"は大仁田厚のテーマ曲でもあります。
"Major League"の興奮が貼り付いた曲ですから、なんといっても川崎球場での大仁田の入場に一番しっくり来てたのですよ!
そして「ヒーロー」。
この曲は私の記憶ではケビン・ベーコンがスニーカーの紐がトラクターのアクセルにひっからまって度胸試しに勝利する「トラクター正面衝突対決」のシーンで使われていた筈ですが、高校時代、ラグビー部所属だった私としてはこの曲は何と言っても「スクールウォーズ」のテーマ曲です。
あれは私が高校一年の時に始まって終わった番組ですから私の一つ下の連中の入部動機は九分九厘、スクールウォーズの影響でした。
私は無条件で山下真司を尊敬しています。
これから先、山下真司がスキャンダルを起こすことがあったとしても、脱税や大麻程度なら私のリスペクトは全く揺るがないと思います(笑)。
さて、これから先、このアルバムに収録されている曲が「コテコテ80'sの名曲」に登場することもあると思いますが、今回は1979年リリースなので登場しようのない名曲、"My Sharona"を紹介して結びます。
私も当てはまるところではあるのですが世の中には本人は事の流れを説明してあるつもりでも実際は話している相手に何がどうなっているか伝わっていない、いわゆる「言葉の足りない人」というのがいます。
この傾向が実に強いのが現在、マンハッタンでブイブイ言わしているフルコンタクト寿司シェフ道姓ちゃん、すなわち銀幕腕十字でもお馴染み、自称タイガーマスクです。
道姓ちゃんと話したりメールのやりとりをしていると、あたかも20ページ毎に1ページほど落丁している推理小説を読んでいるかのような釈然としない気分になることが多々あるのです。
1, 2, 3をトバシて4を言ったから5を理解しろというスリリングさ(笑)。
こいつはこれまでの人生で恋をした一瞬後に告白してきたタイプだな(笑)。
という訳でその道姓ちゃんから一昨日の金曜日、私のケータイの留守録にメッセージが入っていました。
ヤツは現在、ヘンゾ・グレイシー柔術アカデミーの門下生ですが、今週土曜日にトーナメントに出るそうです。
「これ聞いたらコールバックしてください」との結びでメッセージは終わってました。
しかし、私がこれを聞いて電話できる状態となったのはニューヨーク時間の深夜というよりも丑三つ時だったので、寝てるところを起こすのは悪いと思い、健闘を祈る旨のメッセージをEメールで送っておきました。
さて、私が昨日の朝5:30の目覚ましで起きて我がiMacを立ち上げメールボックスを見てみると道姓ちゃんから一件、入っており、
「起きたらニューヨーク時間の午後3時以降やったら何時でもかまへんから電話ください」
とのこと。
冬時間の日本の朝っぱら5:30は、ニューヨークの前日午後3:30。
電話してみると、柔術のトーナメントの話しはあからさまに前フリで、
「今、藤波のこと好きな女のヒトがいるんでドラゴン呼吸、聞かせたってください」
とのこと。
「ああ!? 今? ちっと練習させてくれ」
通話の相手と機嫌の善し悪しによっては即座に切っちまうところですが(笑)岸和田の大いなる馬鹿からのリクエストとなれば、そりゃベストを尽くしますよ、あたしゃあ。
送話口を手で覆いリハーサルしました。生まれて初めての寝起きドラゴン呼吸です。
しかし! 全然、ダメ!
寝起きではマジでダメらしい。
うがいしたり咳払いしたりと努力したのですがどうにも満足がいきません。
しょうがないので道姓ちゃんに伝えました。
「すまねえが寝起きじゃ無理だ。調子が出てきたらまた電話すっから」
そして朝飯を食って、歯ぁ磨いて、再度ドラゴン呼吸。
しかしダメ。全然なってない。人様に聞かせるレベルにほど遠し。
しょうがないので出勤寸前にヤツに電話しました。
「マジで無理だ。寝起きじゃダメらしい。調子よくなったらオメーのケータイの留守録に吹き込んどくから、それを聞かしたってくれや」
しかしながら、あの男は件の女性にiPhoneを渡しました。
私よりもほぼ明らかに年上と思われる件の女性に私は「今現在、日本は朝の5時半でして、寝起きで藤波さんの呼吸はどうにも上手く行きませんで」と詫びました。
藤波を好きだと言う女性に100点満点で30点以下赤点のドラゴン呼吸を聞かせる訳には行きません。
ダメなヤツを聞かせるよりは丁重に辞退する方が道姓ちゃんの顔を立てることになるでしょう。
かの女性の「楽しみにしてますね」の声に頑張りますと答えて電話を切り出勤した訳ですな、俺は。
そんで、車を出したところでまたケータイが鳴りました。当然、道姓ちゃんからです。
一瞬、無視しようかと思いましたが(笑)律儀にとると、今度は藤波ファンのオジさんが出ました。
私は丁寧に「え〜っとですね、道姓くんのムチャ振りはいつものこととはいえ、今回は寝起きでホントにダメでして、しかもワタクシ今、運転中なんです」と詫びると、「え〜、運転中なの」と軽く驚かれた後にまた道姓ちゃんが出ました。
俺はかの女性とオジさんは道姓ちゃんの職場のマンハッタンの日本食屋で働いているお姉さんと板さんだと思ったのですが、ヤツは奥さんも何たらかんたらと言うので、ニュージャージーの日本人キリスト教会の牧師夫妻か何かだろうかと訝りました。
そして通話に戻った道姓ちゃんと俺の話しは以下のように続きます。
「奥さんも楽しみにしてる、言うてはるし(中略)、スリートーンが出来へんくても本人とお話が・・・」
「ちょっと待て、今の藤波か?」
「そうですよ」
「藤波本人か?」
「そうですよ」
「んじゃ、今の伽織夫人か?」
「そうですよ」
「おめえは何で先に言わねえんだよ!ちっと練習させろ。へへへ、へへへ、へへへ、へへへ」
(奇跡の成功! これはイケル!)
「出せ出せ! 藤波、出せ! 今、出せ!」
(もしもここで一回、区切って再スタートしたらまたダメダメドラゴン呼吸になってしまう恐れがあるので藤波本人が再度、電話に出てくれるまでノンストップで続行!
「・・・へへへ、へへへ、へへへ、へへへ・・・」
「俺、そんな風に息してる?」
「はい」
「やっぱり、こういうのは電話じゃなくて実際に聞かせてもらわないと伝わらないよね」
「機会あらば、ぜひ! IGFの打ち上げなどで御一緒する機会があれば!」
iPhoneが道性ちゃんに戻り私が訊いた質問、
「藤波夫妻は今、ニューヨークでいってえ何やってんだ?」という質問に対して、
「お買い物です」
と答えた道姓ちゃんの憎めない天然大バカっぷりは伝わるでしょ(笑)。
そして、「スリートーンのあなたへ」というタイトルで今朝、道姓ちゃんから届いていた写真はこちら。
曰く、「三本指はスリートーンの三本指よ!!」
ニューヨークの地下鉄のホームでしょう。
おめえにゃ、フィラデルフィアで次、会った時も「また」、「いつも通りに」、メシ奢るぜ(笑)。
Oh, my God, I can't thank you enough for giving me the greatestest friends!
五日前にトロントで行われたUFC140ほど、はっきりと決着がつきまくった格闘技のイベントはあったろうか?と考えてみると2004年のPRIDE無差別級GP一回戦しか思い浮かびません。
あの日の一回戦八試合は全て一本決着で第2ラウンドまで行ったのはノゲイラ対横井宏考戦のみ、あとは全て一回戦決着でした。
しかもPRIDEの1ラウンドは10分でしたがあの日、1ラウンドで決着した七試合のうち、5分を超えたのはセーム・シュルト対ガン・マギーの5:02のみ。あとは全て秒殺です。
しかも、ランデルマン対クロコップも含めて全て勝者と敗者の実力差がはっきりと出た秒殺勝負。
私はUFC140の最初の三試合を観終わった時点で強烈にあのPRIDE屈指の大会を思い出しました。
今回の観戦は格闘技サイトでのブツ切りだったのですが私が観た順番は以下の通りです。
○ Jon Jones (4:26 of R2, Guillotine Choke) Lyoto Machida
○ Frank Mir (3:38 of R1, Kimura) Antonio Rodrigo Nogueira
○ Antonio Rogerio Nogueira (3:15 of R1, TKO) Tito Ortiz
○ Chan Sung Jung (0:07 of R1, KO) Mark Hominick
○ Igor Pokrajac (0:35 of R1, KO) Krzysztof Soszynski
○ Constantinos Philippou (3:11 of R1, KO)
○ Brian Ebersole (Split Decision) Claude Patrick
微妙なスプリット判定で地元トロント出身のカナダ人、クロード・パトリックが惜敗した後に残りの試合の結果をオフィシャルサイトで見ました。
やはり何と言っても一番ショックだったのは世界中のMMAファン同様、ミノタウロ初のサブミッションでの一本負けと脱臼の大怪我です。
どれだけ素晴らしい試合であっても怪我で終わると気持ちが沈みます。
肋骨を痛めてKO負けしたティトは最後の試合の前のクロコップ同様、最後に勝って引退したいのでもう一度、試合をしたいとコメントしていますが、ノゲイラは例えこのまま引退したとしても最前線で一線級の相手と真っ向勝負して大怪我を負っての引退ですからこれまでの栄光にケチがつくことはないでしょう。
しかし我々はミノタウロが両膝と腰の手術の後の一年半振りの試合で大復活を遂げたリオデジャネイロの奇跡の大興奮をまざまざと憶えていますから不屈の闘志で復帰してほしいというのが本音です。
しかし自分で書いといて忘れてたけど、
「ノゲイラはこれから先も負けることはあるだろうけど、UFC134の試合後の勝利をガブ飲みするあの笑顔の記憶がある限り、我々は次戦に希望を繋ぐことが出来ちゃいます!」
とはファンタスティックすぎる文章です。
そして、ティム・シルビアの時もそうだったけど、相手がタップせずレフェリーも止めないのなら折るフランク・ミアの肝っ玉はハンパじゃないと思います。
今回は特に説明をつけないので分かる人だけ大爆笑してください。
ユリオカ超特Qは藤波辰爾の格好をして雑誌で人生相談をしている(いた?)そうです。
そして、とある小学生だか中学生だかから「学校でプロレスごっこが禁止されています。どうしたらいいでしょう?」という悩みが届いたそうです。
ドラゴンユリQの答えは「ドラゴン・リングインなんかどうかな。段差があれば出来るよ」だったそうな(笑)。
私の感覚ではユリQはそれなりに有名人の類いに入ってるのですが、ワンマンライブの翌日、職場で6人の人間に訊いて誰もその存在を知らなかったどころか「人の名前」だと気づいたヤツすら一人もいませんでした(笑)。
この動画は格好の入門テキストとなることでしょう。
三年前のユリQです。
新宿でユリオカ超特Qの漫談単独ライブ「Q展」を観た翌日の月曜日、「プロレスファンなら絶対に泣ける!」と評判の「アントキノイノチ」を観てきました。
「おくりびと」では「納棺士」という職業が紹介されましたがこの作品は「遺品整理業」という仕事に従事する人々の物語です。
この映画というのは劇場で予告編を5回ぐらい見ながらも全くソソられなかった作品なのですが、チナスキーノートでのチナスキーさんとイトPさんという方のプッシュを読んで、これを劇場で観なかったら、高校時代、猪木対ホーガンのIWGP決勝のテレビ放送を観るために部活を休むには風邪をひくしかないのだあ!と自らに念じて見事に風邪をひいてフラフラになった27年半前の自分自身に申し訳が立たない気になって行ってきたのです。
そして観賞後、映画館というのは基本的に車で行く場所である地方都市に住んでいる己の現状に物凄く感謝しました。
何故か?
車というのは少なくとも走行中はどれだけ大声を出しても誰にも咎められません。
そしてこの「アントキノイノチ」という作品は観終わった直後に猪木の「元気ですかあ!」をシャウトしたいという強烈極まりない欲求に突き動かされるのです!
マジな話し、車でよかった。
上映終了から車に乗り込むまでのほんの短い間でも私の声帯は「げ」の音を震わせていましたから、これがあなた、電車やバスや徒歩だったらムズムズして悶絶したことでしょう。
そして私のようなドマニアックな通人はほんのちょっとしたトーンの違いでやり直したくなりますから、さんざっぱらドラゴン呼吸の「へへへ」を繰り返した翌日にシネコンから住まいまでの約6キロの道中、約30回ほど「元気ですかあ!」を繰り返しました。マジで(笑)。
それと、千葉最強のマッチョ牧師、オーハさんが役者・原田泰造が好きだとコメントをくれたことがありましたが実に味わい深い存在感ですねえ。
関根勤師匠にドラゴン呼吸を褒めていただいたワタクシがユリオカ超特Qのお笑いライブに足を運ぶとなったら出待ちしない訳にはいきません。
当然、私のドラゴン呼吸を聞いてもらうためです。
私は当初、後楽園ホールで若手格闘家に声をかけるような容易さで接見できるのではないかと考えていたのですが、そういうカンジではありませんでした。
この日のワンマンライブは昼夜二公演で私が観たのは午後三時の昼の回なのですが、知り合いでも関係者でもない人間が「お会いしたい」と言ったとしても控え室から連れてきてくれるような雰囲気ではありません。
しかし俺には魂を込めた額裝の肖像画がある。
「直接、お渡しできますでしょうか」とマネージャーらしき人物に絵を見せると、即座に「こちらでお待ちいただけますか」とのこと。
着替えをすませたユリQは誰もがそうであるようにステージ上よりも小さく見えました。しかし本物。
さて、プロの芸人の十八番の芸にケチをつける訳にはいきませんからツートーンのスリートーンのとは言いませんでしたが、自分はユリQさんと同じ昭和43年申年の生まれでユリQさん同様、中学時代から藤波さんの試合中の呼吸を十八番にしているのですと前フリした上で聴いてもらいましたよ、へへへ、へへへ、と。
「あ、上手いですねえ」
ありがとうございます。
関根さん、ユリQと来たら次はドラゴン本人に披露する日が必ずくるような気がしてきます。
しかし、数日間、練習を重ねた我ドラゴン呼吸は本番においてベストな状態よりもいくらかトーンが高くなっちったんだよね〜。
自責の念にかられながら思い出横丁の焼き鳥屋までの徒歩約10分の道中、約30回のへへへを繰り返しました。マジで(笑)。
右手はユリQの決めのポーズ「らっしゃい」です。
これはユリQとケンコバのプロレスへの燃え滾る愛が迸る共著、「僕たち、プロレスの味方です」です。
まだ少ししか読んでいませんが私にとってはインテリの上から目線を感じて生理的に受けつけなかった元ネタ本、村松友視の「私、プロレスの味方です」よりも遥かに素晴らしい!
新宿でのユリQお笑いライブの数日前、同じ西口の思い出横丁に位置する吉田商店の当日の店番が伝説のキックボクサー、小林聡さんであるというタレコミ情報が千葉方面から寄せられました。
もともと行くつもりではありましたが、これは行かない訳に行きません。
「野良犬」というのは、アントニオ猪木にとっての闘魂、坂口征二にとっての荒鷲と同じで小林さんの現役時代の敬称です。
もともと吉田商店の主である吉田さんは名門・藤原ジムの先輩である小林さんにちなんで屋号を「野良犬」とつけようとしたのですが隣りがペットショップなので気を使って断念したそうです。
「フリーライターのHさんに今日の店番が小林さんだと聞いて来ましたあ」
「あ、たしんさんですね」
おお、伝説の小林聡が俺の名前を知っている!
「横の毛、伸びたんですね」
おお、Hさんは俺のモヒカンの写真を見せてたか。
実はHさんのチナスキーノートに「夏のたしんさん」、「秋のたしんさん」というディスプレイがあったので、ここはひとつ更に細いアイスラッガーにして「冬のたしんさん」への「モヒカン・ホップステップジャンプ」をブチかましたろか、と思うには思ったのですが、宇都宮市に対して「お前、北関東じゃなくてホントは東北だろ!」とリング上で正体をバラしたくなるほどの最近の寒さに心が折れてソフトモヒカンに戻してしまったのです。
それと、せっかくだから小林さんの肖像画も描いて持ってくか、と思うには思ったのですが画像検索から選んだベストの一枚の髪型が尋常じゃなく時間がかかりそうだったので、描き上げるまでに削りまくらなければならない睡眠時間を考慮した上で心が折れたのです。
さて最近、私の同い年の友人が漫画の「美味しんぼ」を読んだことがないというので「そんなヤツいんのかよ!?」と驚いた直後に「ああ、ひとりいたわ」と思い出したのが現役時代の小林さんです。
ゴンカクの取材だったのですが、小林さんが山岡士郎に顔が似ているということで編集部からネクタイをしてきてほしいとリクエストされた、焼き鳥屋でのインタビューでした。
ネクタイ姿で焼き鳥を手にする小林さんは確かに山岡に似ていました。
しかし、小林さんは「美味しんぼ」を読んだことがないばかりか存在すら知らず、インタビュー序盤からは「その山岡ってヤツは・・・」と明らかに不機嫌さが伝わってきました(笑)。
それでもって、今だに読んだことがないのかどうかが実に気になって訊いてみたら「ええ、ないです。有名なんですか?」とのこと(笑)。
「有名なんですか?」って(笑)。
読んだことがないということよりも、この「有名なんですか?」という我が道を行くリアクションに感銘を受けました。
世間的にはドラゴンクエストというものを一度もやったことのないワタクシも同じような扱いとなるのでしょうか。
ちなみに私は現役時代の小林聡のどこに一番、惹かれたかというと、「ローを蹴った時の背中」です。
昭和43年申年生まれ同い年、そして今のところ世界中で二人しか存在が確認されていないドラゴン呼吸黒帯。
それが私とユリQです!
11月も終わりに近づいた頃のことです。
宇都宮の東の端の国道新4号バイパスの外側で車のエンジンをかけたらFM79.5(ナックファイブ)にユリオカ超特Qがゲスト出演していました。
そして、母親に「なんであんた、髪、伸ばさないの?」と無茶なことを訊かれたことや、奥さんのお兄さんのカリスマ美容師に初対面の別れ際、「お役に立てなくて申し訳ありません」と言われたことなどの実話ネタで笑わせてもらった後、12月11日・日曜日に新宿にて行われる90分ノンストップ漫談単独ライブ「Q展」の予告がありました。
ローソンチケットで扱っているとのこと。
私は国道新4号バイパスから内側に数キロの我が母校の中学のすぐ近くのローソンの駐車場に車を滑り込ませました。
「駆け込んだ」という表現がピッタリくるでしょう(笑)。
バイトの兄ちゃんに手伝ってもらいつつ(ほとんど、やらせつつ)入力している間、かつて私に「今、日本に藤波辰爾のモノマネで食ってるユリオカ超特Qというお笑い芸人がいる」と教えてくれた昭和プロレス者の友人に電話して一緒に行かねえかと誘ったのですが、その日は愛娘のPTAのナントカカントカがあって行けないとのこと。
俺は許した。
遠くのユリQよりも近くのPTAをとるのがマトモな人間の選択だ(笑)。
この絵を描いたのは実は先週水曜、12月7日深夜でして、描きあげてサインを入れた直後から声に出して、ユリQの「ツートーン・ドラゴン呼吸」よりもリアリスティックなワタクシたしんの「スリートーン・ドラゴン呼吸」の「おさらい練習」を始めました(笑)。
とにかく聞いてもらいたい。
そして、本日の日曜がその12月11日。
こう言っちゃなんだが、90分間の独演会の間、笑いから派生した涙が乾くことはありませんでした(笑)。
ネタとして一番おもしろかったのは清水健太郎関連です(笑)。
あまりにも盛りだくさんなので、この項、続く。
ちなみにユリQの絵の「前髪」は描いてて気持ちよかった(笑)!
私としてはミュージシャンとしてよりも小説家としての存在に思いっきり惹かれる辻仁成が率いていたエコーズが再結成する(した?)そうです。
ここ数年、ジョン・レノンとジョージ・ハリソンが永眠したビートルズと、もともと解散してないローリング・ストーンズ以外のありとあらゆるビッグなバンドが再結成したように思われます。
それでもって、ロックファンならば一度は考えてみたことがあると思うのですが、バンドの再結成というものは男女のヨリが戻るのとどのくらい似ていて、どのくらい違うのだろうと熟孝してみました。
私の知り合いで離婚した旦那さんその人と再婚した女性というのがいますが、バンドの再結成というのは大概、一回のライブか一回のツアーか一枚のアルバム限りで終わる類いのものなので、結婚にしろ未婚にしろ男女がステディーな仲に戻る関係とはちょいと違う気がします。
だからといって、いわゆるワンナイトスタンドとは全く趣きを異にするでしょう。
だったらバンドの再結成と男女の(あるいは同性の)カップルの再結成の接点はどの辺にあるのだろう?と考えていたら稲妻の如くパーフェクトな一例、あまりにもきらびやかなワンシーンが私の大脳に去来しました。
時は2002年5月3日、所は東京ドーム。
新日本プロレス創立30周年記念大会での花道です。
かの春一番がしみじみと「いいシーンでしたよねえ」と語った、アントニオ猪木と倍賞美津子の離婚後15年、経っての揃い踏みの花道。
いいですか、倍賞美津子という女性は、日本はもちろんのこと、アメリカの歴代の大統領の奥方達が束になっても敵わないファーストレディーの中のファーストレディーですよ!
その倍賞美津子が太陽のように明るく振る舞って手を振り、隣りの猪木は少しばかりハニカんで歩を進める。
全てのプロレスファンが「ああ、いいもん見たなあ」と、しみじみと目頭を熱くする、きらびやかな超・名シーンでした。
あれほどまでに再結成という言葉が昇華したシーンは、そうはありゃしないでしょう。
これがですね、かなり頑張ったのですが動画が見つかりません。
六本木を代表する猪木信者である三尾りん、また頼むわ(笑)!
決してちょくちょく観ている訳ではありませんが、ここ数年、ハズレのドイツ映画を観ていないなと思い、よおく考えてみたら面白くないドイツ映画を観た記憶自体が私にはありませんでした。
恐るべし、ドイツ映画。
一番、最近、観たドイツ映画は"Soul Kitchen"(2009)で、このタイトルは原題でも英語のSoul Kitchenです。
この映画は飲食店の描写という点では荻上直子監督の「かもめ食堂」(2006)以上に非現実的なのですが、映画としては「かもめ食堂」同様、おもしろい作品です。
この作品の序盤に登場する「自分好みオーダー」があまりにも強烈なので紹介します。
ソウル・キッチンを切り盛りしていくことになる流浪の天才シェフは物語の序盤で高級レストランを「自分からやめた状況のクビ」になります。
理由は客のワガママを突っぱねたから。
高飛車な客がやれと言ってきかないワガママ自分好みオーダーは、
「このガスパチョを暖めろ」
これはいくら何でも酷い(笑)。
例えるならば冷やし中華やつけ麺だと話しがややこしくなるので、「ざる蕎麦を暖めろ」のようなものでしょう。
かつてフィラデルフィアの私の職場の日本食レストランでアルバイトをしていた日本人の若い衆がサンフランシスコに遊びに行った時に日本食屋に入ったらメニューに冷やし中華があったので懐かしさに嬉しくなってオーダーしたら味噌味で「ホット」だった、という驚天動地の「なんちゃって日本食屋」話しがあるのですが、それと同様の酷さです(笑)。
ちなみに、かの若い衆の「だって、たしんさん、湯気、立ってんですよ! 湯気!」という台詞は忘れられません(笑)。
さて、ガスパチョを暖めろと言われた天才シェフは押し問答の末にキレます。
ワガママな客と、そのワガママなリクエストを聞こうとするマネージャーに向かって彼が絶叫する台詞がカッコいい。
「売っちゃいけねえよ! 愛とセックスと魂と伝統は!」
私がその場で一部始終をチラ線、切って耳ダンボしてた客だったとしたら、多分、パチパチパチとスタンディング・オベーションすることでしょう。
ちなみに、日本人には全く考えつかないコンセプトなのですが、フィラデルフィアのかつての職場で従業員のまかないディナーにちらし寿司を作った時、生ネタを食べられないチャイニーズのネーちゃんが、言ってくれれば火の通ったネタだけで作ってやったのに、何と何と!器ごと電子レンジでチンしたのです!
湯気が立ってたよ! 湯気(笑)!
UFC139が終わった後すぐに書こうと思っていたのですが早くも三週間近く経ってしまいました。
「岡見の扱いに異議あり」に続いてUFCへのアヤつけです。
UFC139というのはメインのダン・ヘンダーソン対マウリシオ・ショーグンと、Co-Main(ダブルメインイベント第一試合)のヴァンダレイ・シウバ対カン・リーの二試合がFight of the Nightを受賞するという珍しい、そして凄い大会でした。
Fight of the Nightが二試合というのは過去にも何度かありますが、上の二試合が受賞というパターンは極めて珍しいと思います。
さて、私はカン・リーがStrikeForceで騒がれ始めた初期の頃からどうもノレません。
理由を分析してみると「過大評価」が一番だと思います。
フランク・シャムロックに勝ってミドル級王者になってからもフランクの次にランクされる対戦相手はスコット・スミスですから「もっと凄いヤツに勝ってから騒ぎなよ」とかなり冷めていました。
そして今回のヴァンダレイ戦が決定した時は私にとっては「カン・リーの真価が問われる」という見方が5%程度で、残りの95%は「ヴァンダレイ、負けたら承知しねえぞ」でした。
特に前日公開計量を見た時は「ヴァンダレイ、こんな身体のヤツに負けたら承知しねえぞ」と妙に気合いが入ってしまいました。
よって試合開始からしばらくは心中、「おいおい、クリス・リーベンの時のあれはあれとして、サークリングなんかしてねえでバンバン・ババンババン!と行ってくれや!」とハッパをかけていました。
ヴァンダレイはKO勝ちを飾りましたが私は個人的にはまだ完全復活という言葉を用いるのは自粛します。
さて、ダン・ヘン、ショーグン、ヴァンダレイ、カン・リーの四人はFight of the Nightのボーナスとしてそれぞれ$70,000を獲得しましたが、試合のギャラはそれぞれいくらだったと思いますか?
私を含む日本人や大多数のアメリカ人MMAファンの感覚だと、ダン・ヘン、ショーグン、ヴァンダレイの三人が同じような金額でカン・リーは一桁、落ちると考えるところです。
違うのです。一番、高いのはカン・リーなのです。
Dan Henderson: $250,000 (no win bonus)
Mauricio Rua: $165,000
Wanderlei Silva: $200,000 (no win bonus)
Cung Le: $350,000
No win bonusというのは勝っても負けても同じ金額ということですが、ショーグンは勝ったら倍額$330,000の契約だったかもしれませんが、カン・リーの場合、勝って$700,000はいくら何でも高すぎるので勝っても負けても$350,000の契約だったであろうと思われます。
仮にショーグンが勝って$330,000だったとしてもまだカン・リーの方が高いのです。
何故か?
「映画スターでもあるから」と言ったって、出演作品のメジャー度だったらはっきり言ってランディ・クートゥアーの方が上なんだから、ランディがボストンでジェームス・トニーを迎え撃った時の$250,000 (no win bonus)よりも$100,000も高いのは理解できません。
私は今回のカン・リーのUFC参戦は一試合のみの契約だったと思うので、来年、再度、UFCでの試合が組まれるようであれば再契約のギャラはキッチリ下げてほしい。
とにかく、アンデウソンのギャラが引退前に一試合100万ドルを超えないことにはMMAはメジャー未満のままだと俺は思う。
アンデウソンこそ圧倒的稼ぎ頭じゃなくちゃいけないのにアンデウソン以上の高額ファイターが一体、何人いることか。
今後、誰一人として到達できないのではないかと思われるほどの実績を鑑みればアンデウソンのギャラはどう考えても安すぎる。
私は昔からオーディオ機器(PC含む)は見た目、本はタイトルで選んで買うタチです。
最近、読んだ本、すなわち私が惹かれたタイトルというのは、「シネマ狂躁曲」、「サハラ」、「不祥事」、「殺してもいい命」、「田村はまだか」、「君の望む死に方」、「ロック母」、「ピース」、です。
一番、惹かれたのは「殺してもいい命」。
少し前だと「悪人」、「さくら色 オカンの嫁入り」、「ばかもの」、「まほろ駅前多田便利軒」、「阪急電車」、「軽蔑」などもそうです。
例え、映画化が決まっている小説だと分かっていて、しかもキャストや監督が魅力的でも原作を銭、出して買うとなると私にとってタイトルは物凄く重要です。
そして、そういう選択で読書をしていると、文庫本を買った後に著者のプロフィールによって実は過去に観たことのある映画の原作者の本であることを知るということが少なからずあります。
最近では、実は「月はどっちに出ている」(1993)、「血と骨」(2004)、「闇の子供たち」(2002)の原作者であると知るに至った梁石日(ヤン・ソギル)という在日コリアンの「シネマ狂躁曲」があります。
それと「ロック母」は「空中庭園」(2005)と「八日目の蝉」(2011)の原作者の角田光代(かくたみつよ)という人の本でした。
「ロック母」という作品は七遍から成る短編集で表題作の「ロック母」はその中の一本です。
七遍の短編は多かれ少なかれ私小説の雰囲気を纏っているのですが時代設定は微妙にズラしてあります。
Wikiってみるとこの作家は私の二学年上の同世代なのですが、一つの物語は主人公の女子高生が彼氏とウォークマンのプチホンをシェアしてストリート・スライダースを聴くという、世代的にギリギリでアリの設定で書かれ、一つの物語は十年ぶりに帰郷した主人公の女性が高校時代に聴いていたNirvanaのCDを何故か母親が聴きまくっているという、もっと若い世代じゃないとあり得ない設定で書かれています。
そして、とにもかくにも七遍全ての映像喚起力が凄いのです。物語の情景が温度や湿度や匂いをもって目に浮かぶ筆っぷりなのです。
そして映像化作品をぜひとも観てみたいという渇きを覚えます。
これから先、
「ゆうべの神様」
「緑の鼠の糞」
「爆竹夜」
「カノジョ」
「ロック母」
「父のボール」
「イリの結婚式」
というタイトルの映画の公開情報をキャプチャーしたらぜひとも私に御一報ください。
できれば七遍のオムニバスで一本とかやってほしいのですが。
UFCのバカたれは一体、何を考えているのだろう?
来年2月26日のさいたまスーパーアリーナ大会、"UFC144: Edgar vs. Henderson"の全12カードが開催から三ヶ月近くも前に発表されましたが岡見勇信の試合、対Tim Boetsch戦が何と何とアンダーカード!
岡見のUFCでの実績って今大会出場選手の中ではライト級王者フランキーと元ライトヘビー級王者ランペイジに次ぐぐらいに凄いのにPPVスタート前の前座扱い。
こりゃ、ないよ。
アンダーカード全7試合中6試合に日本人選手が大挙して出場しますがこれはUFCの海外興行恒例の「前座戦は殆ど全ての試合に地元選手を起用する」というアプローチです。これはいい。
しかし、俺が気に入らないのは日本人として唯一メインカードに登場するのが秋山であるというところ。
いくら対戦相手がジェイク・シールズであるとはいえ、秋山がメインカードのスター扱いならば岡見もメインカードに入っていて当然だろう!とテーブルをドン!と叩きたくなるのは私だけではありますまい。
秋山のUFCにおける「いいとこ取り」がここまで続くとマネージメントしている人間の才覚に疑いの余地がありませんね。
なかなか上映時間が合わなかったブラッド・ピット主演の最新作、"Moneyball"をやっと観てきました。
この作品の中で展開されていくMLBのチーム運営の革命の物語に諸手を上げて共感することは出来ないのですが、映画作品として実に見応えがあります。
個人的にどこに惹かれるかというと「どうだ、テレビじゃこれは出来ないだろう」という重厚なリズムです。
そして登場人物全員にしっかりと貼り付いたリアリティー。
本当にいそうなキャラクターばかりです。チームの首脳陣のミーティングのシーンなんてこれ以上は望めないリアリズムを表現してくれています。
そしてブラッド・ピットの右腕の働きをしていくJonah Hillも相変わらずいいし、誰もが「はあ!? こいつがベースボールのプロチームの監督だあ!?」と思ったに違いないPhilip Seymour Hoffmanの監督ぶりもハマりにハマっています。
そして今さらながらブラッド・ピットの身体のラインのカッコ良さは凄い。
ちょっと油断すればたるんでしまう年齢にはなっている訳ですから日々の節制と努力と志の高さが常人とは違うのでしょう。
1989年秋のビリー・ジョエルの大ヒット曲です。
当時、私はフィラデルフィアの芸大の学生だったのですが、仲間内に超有名なビリー・ジョエルの大ファンがいました。
名前は忘れましたが仮にジョンとしましょう。
私はこの"We Didn't Start the Fire"が収録されている"Storm Front"というアルバムを発売からほんの数日後に買ったのですが、ジョンはその時点でこの曲をそらで歌うことが出来ました(笑)。
休み時間にリクエストされると実に得意気な顔で歌ってくれたものです。
我々の母校は芸大なので油絵、イラストレーション、グラフィック・デザイン、木工、陶芸などのヴィジュアル・アーツと、ダンス、演劇、音楽、映像などのパフォーミング・アーツの二つに大きく分かれます。
それで、ビリー・ジョエルが"Storm Front"のツアーでフィラデルフィアに来た時、Spectrumでのライブの次の日に"Lecture and Performance"で来てくれたのです。もちろん全校生自由参加で無料。
そしてステージ上で全校生を代表してビリー・ジョエルに花束と記念品を手渡したのが、大ビリー・ジョエル・ファンとしての実績が評価されて(笑)選ばれたジョンでした。
嬉しくて誇らしげな実にいい顔でした。
これは映像を編集した人の労を心から労いたい動画です。楽しめます。
例えて言えば、Sex Pistols vs. Ramones, あるいは、Clash vs. New York Dolls, の総合格闘技版といったところでしょうか。
英米の弾けまくったキャラの対決です。
最高にバランスのとれた、マッチメイクの神様が降臨したかのようなグレイト極まりない顔合わせです。
ノレます。
ラスベガスのUFC中規模興行のメッカ、Palms Casino ResortのThe Pearlでフィナーレを迎えるThe Ultimate Fighter Season 14: Team Bisping vs. Team Millerのコーチ対決、マイケル・ビスピング対ジェイソン・メイへム・ミラーがいよいよ明日(今夜)のラスベガス時間12月3日、土曜日に迫りました。
TUFシーズン14に関しては書こう書こうと思いつつ、ついに一度も放送を見ないままにリアリティー・ショーの本放送は終わってしまったのですが(笑)、この"Craziest Coaches Ever"な二人の対決だけでも観られればお腹いっぱいです。
今回のTUFはフィナーレに続いてのPPVのビッグイベントでコーチ対決が行われる通常のパターンではなく、TUF決勝戦の後のメインイベントとしてコーチ対決が行われます。
ライブハウスでのスラムダンスのような闘いになることでしょう。
来年からノンPPVの大会のメインカードはFOXに移管されるので、ある意味、UFCをここまで育てた功労者であると言えるSpike TVでの放送は今大会が最後です。
UFC人気爆発の起爆剤となったTUFがSpikeでの最後の放送というのは感慨深いところがあります。
なお、Spikeでのプリミナリー(前座戦)の放送はしばらく続く模様。
私が見つけることの出来なかったブッチャーのサントリーレモンのCMを、毎年200泊の遠征取材でMLB, NFL, UFCを中心にメディアに発信するスポーツジャーナリスト、三尾りんが見つけてくれました。
「5分で探しだしたよ。まだまだ甘いね。(ドヤ顔!)」とのこと。
この人は存在自体がドヤ顔みたいなもんなので、本人がわざわざドヤ顔と言っているということはほとんど「投げっぱなしドヤ顔」のような凄い状態になっているに違いありません(笑)。
ヴァージョン1
ヴァージョン2
ついに発掘されたこのCMは私のパンチドランクな記憶を真っ向からダブルクロスして堀ちえみではありませんでした。
ナニユエに私がこのような大きな過失を犯したかと理由を(10秒ほど)熟孝してみたところ、おそらくジャイアント馬場と堀ちえみのジャイアント・コーンのCMとゴチャ混ぜになったのではないか、という答えが導き出されました。
という訳でジャイアント・コーンのCMもそのうち紹介します。すぐに見つかりました(笑)。
日本公開はもっと先だと思っていた"50/50"(フィフティー・フィフティー)のロードショーがいきなり始まったので初日で観てきました。
主演はGregg Araki監督の"Mysterious Skin"(2004)の主演を私が初めて観た時から比べれば随分とメジャーになったものだと感慨深いJoseph Gordon-Levittです。
Wikiで調べてみると実際は"Mysterious Skin"以前の出演作も結構、観ており、今作"50/50"は都合18本目でした。
親友役のSeth Rogenも私がウルトラ好きな俳優です。もう、とことん究極の「これぞ、Seth Rogen!」を見せてくれています。
この作品の予告編を見た時に気づいたのですが私は50/50というフレーズに物凄く惹かれるタチらしい。
スピルバーグ監督の"The Terminal"(2004)の主演のトム・ハンクスの台詞、"50/50"も物凄くツボにハマったし、考えてみれば実生活において私は"What're the chances?"や、"What're the odds?"という問いに対してかなりの回数、"50/50"と答えてきた気がします。
この作品は「27歳独身/カノジョあり/欲求不満/悪友あり/運転免許なし/酒飲まず煙草吸わず/母親は過保護/父親はアルツハイマー」
の主人公が癌を宣告されて生存率50/50の状況におかれる話しです。
そして私の感想はどうかと問われれば、
Greatestest! 素晴らしい!
ソリッドでリズム感のあるオープニングから「だっひゃ、俺好みだ!」と大いに盛り上がり、「ここでスパっと終われ!」という私の希望に沿ってフィニッシュしてくれました。
それにしても俺がいくらリアクション大王であるとはいえ劇場内で、だひゃひゃひゃひゃとドッカンドッカン笑ってんのが俺一人だけって不可思議で気持ち悪かったです。
「プロレススーパースター列伝」でもブッチャーの日本での成功の象徴として紹介されている堀ちえみと共演したサンキスト・レモンだか三ツ矢サイダーだかのCMを探したのですが見つかりませんでした。
相当しつこく探した末に「海辺で堀ちえみと戯れる黄色い服のブッチャー(あくまでも私の記憶)」を見つけることは出来なかったものの、私が見た記憶がないブッチャーのCMをキャプチャーしました。
なんのかので銀幕腕十字に何度も出てきているアイテムですが、カセットテープってのは時代を語るね。
過去に何度か名古屋、千葉、茨城あたりから格闘技Tシャツ自慢がオンラインで伝わってきたことがありますが私もシリーズでやることにしました。
ネタは無尽蔵にあります。
TashinMMAclothingの売り物用に作ったヤツは全て除外して、趣味で作ったヤツ、買ったヤツ、もらったヤツに限定して紹介していきます。
まず、第一回は私が持っているUFCの大会Tシャツの中で一番、古い逸品。
私が初めてUFCを生観戦したUFC30で若手有望株のジョシュ・バーネットをKOしたペドロ・ヒーゾがヘビー級王者ランディに連続参戦で挑戦したUFC31: Locked and Loaded(2001年5月4日)の大会Tシャツです。黒地。
フロントはシンプル、バックはド派手というのが長く続くUFCのTシャツの基本パターンですが、ちょいとマニアックな視点で注目すべき点は、タグが現在のUFCオリジナルではなく、GILDANのままであること。
歴史を感じます。
オリジナル・タグというのは原価的に物凄く値が張るものではないのですがやはり格式を感じます。
ちなみにこの現在も使われているUFCロゴは運営がZuffaに変わってから登場したデザインなのでこのTシャツの時で二大会目です。
このTシャツは私が友人の部屋で「格闘技アパレル・オンラインショッピングサーフィン宴会」をやった時に買ったもので、UFCホームページのUFC Storeから買いました。
お値段は私の記憶では処分価格でたったの$9.99だったと思います(笑)。
数ヶ月前、いつの間にか劇場上映期間が終わってしまったことを知って肩を落とした映画、「軽蔑」がDVDリリースになったので早速、観ました。
私がこの作品に期待した理由は原作の小説にノレなかったからです。
学生時代にフィラデルフィアの名画座、RITZで観た"Raise The Red Lantern"(邦題:「紅夢」)(1991)という、中世期における側室の女性の人生を描いた中国映画はシンパシーを感じる登場人物が一人として出てこないという珍しい映画でしたが、「軽蔑」の原作は物語に全くシンパシーを感じることがありませんでした。
実は大資産家の御曹司であるチンピラが新宿でヘタ打って歌舞伎町の踊り子と二人で故郷の田舎に都落ちし、博打で膨大な借金をこさえて・・・という話しなのですが、身から出た錆の物語に私はどうにもシンパシーを上乗せして味わうことが出来なかったのです。
決しておもしろくない訳じゃないのですが同感できない。
だからこそ、高良健吾と鈴木杏の主演による映画化はどのように転ぶのだろう?と大いに興味が湧いたのです。
素晴らしい原作が見るも無惨な映画にされてしまったのを観た時の精神的ダメージはかなり大きなものですが、その逆を期待できるのではないかという目論見もありました。
文庫本の解説にも「原作と映画は当たり前のことだが全く別物である」のようなことが書いてあって「どのように別物にしてくれるのか」を期待して観ました。
そして実に見応えがあった。エンディングも含めて別物でした。
高良健吾という俳優は殆ど映画を観ない人達にとっては最近のNHKのドラマで世に出た若者という扱いになっているようです。
NHKでどんな役をやっているのか私は全く知らないし正直、興味もありませんが、この人の本道は映画です。
そして監督の味つけいかんではかなり不味くなってしまうこともある役者です。
「軽蔑」は手持ちカメラの撮影によるシーンがかなりあるのですが、以前も書いたように私は手持ちカメラでの撮影は出来る限り短くしてほしいタチの映画ファンです。
当然ながら「カメラは必ず手持ちによること」を謳っているデンマーク映画界のムーブメント、ドグマ95なんてのは全く理解できません。
私の予想を見事に覆してRENAが復活を遂げてから早くも五日が経ちます。
三者とも1ポイント差の僅差の判定で5ラウンドの大接戦を制したRENAのコメントはリング上でも囲みインタビューでもいちいち全て素晴らしいのですが私が一番、感動したのは「追う者と追われる者の両方の気持ちを私は知ってるんで」という言葉です。
こういう重みのある言葉を圧倒的説得力をもって発してみせるハタチの逸材の存在感たるや、あっぱれの一言です。
RENAと神村エリカが数年、経って今よりも更に巨大な存在同士として対峙する"RENA vs. Kamimura Ⅱ"のリングが今回のTDCホール大会以上にきらびやかな舞台となるようバックアップしていくことも我々、格闘技ファンの務めと言えましょう。
昨日、高速道路を運転していて気づいたのですが日本の高速沿いには劇場公開映画の宣伝ビルボードというものがモノの見事に全くない。
アメリカで生活していると新作映画の劇場公開情報というのはまず、高速、特に都市部のバイパス機能を果たしているフリーウェイ沿いのビルボードとバス停のポスターで知るのですが、日本ではバス停で映画のポスターを見ることもありません。
そのかわり、アメリカよりも圧倒的に日本の方が多い映画の宣伝謀体はコンビニです。
私は何でもかんでもアメリカの方がいいとか抜かす洋物かぶれでは決してないのですが映画の宣伝に関してはアメリカのビルボードを圧倒的に支持します。
ハリウッド版ゴジラの時のような巨大なビルボードやDwayne Johnson主演の"Walking Tall"の時の肩で風、切って歩くザ・ロックの全身を収めた超縦長ビルボードの迫力はコンビニのコンパクトにまとまった世界では全く期待できません。
昨日は野暮用で30年ぶりに「Home of かかあ天下と空っ風」の群馬県、そして今日は栃木県北部の那須塩原に行ってきたのですが、今が最盛期の日本の紅葉、凄いね!
海外在住の皆さん方に私がオススメする美しい日本の四季が描かれた映画は何と言っても巨匠・市川崑監督の「細雪」(英題:"Makioka Sisters")です。
「ブッチャーの出自」という頁の最後に、謎に満ちたアブドラ・ザ・ブッチャーのデビュー戦についてはブッチャーをアトランタの親父と仰ぐ道姓ちゃんに直接、訊いてもらうしかねえな、と書きました。
半日もしないうちにニューヨークの道姓ちゃんからメールが届きました。
曰く、
オヤジが直接、電話して来いってさ。
(XXX)XXX-XXXX
私がこのメールをキャプチャーしたのは日本の正午だったのでブッチャーが住んでいるアトランタ時間の夜10時に電話することは憚れます。私はその辺、常識人です。
そんでもってアトランタの午後まで待って電話しました。
5回のコールの後に出た声はまごうことなきブッチャーです。
私が予想していたのはこんなカンジです。
「俺はプロとしてマネーにならないインタビューは受けない主義だが、Hitoのフレンドとあらば何でも訊いてくれ」
そんで実際のところは簡潔にまとめると、
「12月29日にジャパンで"The Truth About Abdullah The Butcher"というDVDが出るから、それを観てくれ」
ワタクシ、これはブッチャーらしくて、むしろ嬉しい(笑)。
12月29日というのは実は佐藤ルミナ、梅野孝明、石田光洋と同じワタクシたしんの誕生日でありまして、今年は成田からフィラデルフィアに飛ぶ、「初めての24時間よりもずっと長い誕生日」なのです。
私はノートPCは持っていないのでポータブルDVDプレーヤーをバックパックに忍ばせて成田のTSUTAYAに突入しましょう。
売ってなかったら地獄突き♡
既に丸四日以上、経ちましたがUFC139のメインイベント、ダン・ヘン対ショーグンの大激戦、凄かったね!
UFCの新ルール、「ノンタイトルでもメインは5ラウンド」がUFC138のクリス・リーベン対マーク・ムニョスから実施されるかどうかを私がチェックした時は何も触れられていなかったのでUFC141のレスナー対オーフレイムからだろうと勝手に思っていたのですが実際はUFC138からでした。
そして、ダン・ヘン対ショーグンが初めてのメインイベント・ラウンド突入の試合となりました。
三者48-47の判定でダン・ヘンが大接戦のFight of the Nightを制しましたが、このスコアは最終の第5ラウンドにショーグン支持の10-8がつかなかったことを意味します。
ジャッジ2名以上が私と同様に10-8をつけていればスコアは47-47のドローだった訳で、あれだけのシーソーゲームなら「両者が勝者」の引き分けでいいじゃねえの!と私が叫びたくなるのも無理からぬところでしょう。
あれだけテイクダウン、スウィープ、バンプ&ロールがバンバン出てくるMMAの展開は極めて珍しいし、両者の心技体、特に絶対にあきらめない根性のバイブレーションがビンビンに伝わってくる魂の名勝負は滅多にありません。
実況のマイク・ゴールドバーグもジョー・ローガンも興奮し切って"One of the greatest fights in the history of UFC!"を連呼していました。
あれだけの激戦で分かち合ったmutual respest(相互の尊敬の念)は一生、消えないのではないかと強く思います。
それにしてもダン・ヘンは現在、齢41にしてまごうことなき全盛期。
今年4月に齢47で引退したかつてのチームメイト、ランディよりも長く現役を続けそうな気配が漂いまくっています。
「ゼーラス・アマーラ」
左脳の奥深くの引き出しにしまい忘れていた懐かしい響きです。
何のことかというと、スタン・ハンセン、タイガー・ジェット・シン、アンドレ・ザ・ジャイアント、ハルク・ホーガンとともに「誰もが知っている外国人プロレスラー」であり、その中でもまごうことなき頂点の知名度を誇るアブドラ・ザ・ブッチャーのデビュー当時のリングネームです。
私の場合、小中学校の頃に読んだプロレス大全の類いのムック本のプロフィールをそのまんま信じてブッチャーはスーダン出身だとずっと長いこと思っていました。
それが何で読んだか誰から聞いたか、20代の終わりぐらいからスーダン人の父とアフロ・アメリカンの母の間に生まれたシカゴ出身のアメリカ人という認識になりました。
しかし、どうも真相はカナダ人らしい。
実を言うと今月の始めに紹介したBurgess Meredith, すなわちミッキーの絵は千葉県民屈指のロッキー・ファンである流山の狂虎、チナスキーさんにもらってもらったのですが、彼はお礼にと何と昭和プロレスファンのバイブル、「プロレススーパースター列伝」を全17巻セットで送ってくれたのです!
私はこの梶原一騎原作・原田久仁信作画の名作は週刊少年サンデーの連載をリアルタイムで読みながら単行本が出る度に買っていたのですが、1987年のアメリカ生活スタート前に宇都宮大学の近くの古本屋に全て売っぱらってしまいました。
私がプロレスから完全に離れていた時期です。
昭和プロレス者にとって一家にワンセットのマストアイテムを私が現在、所有していないという境遇を予想し憐れんだチナスキーさんは身長が低すぎて新日本プロレスへの入団が叶わなかった山田恵一に手をさしのべてメキシコから上野毛へ連れ帰った山本小鉄のような慈悲の念をもってAmazonに「宇都宮のたしんのとこに郵送してやってくんな」とオーダーしてくれたのです。
久しぶりに読み返してみると懐かしさとともに「よくもまあこれだけファンタジックに嘘八百を並べてくれたものだ」と心の底から嬉しくなります(笑)。
「プロレススーパースター列伝」の連載は「父の執念!ザ・ファンクス」で始まりましたが単行本化のキックスタートは「地獄突きがいく!ザ・ブッチャー」です。
そしてここにはブッチャーの出自に関してこのように書かれています。
「私は1936年カナダ生まれ、ただ祖父の代にスーダンからカナダに移住したというのだけは事実だ」
そしてデビューは1958年。
ネットで色々と調べてみると1941年元日生まれで、カナダのオンタリオ州ウィンザーという町出身のカナダ人というのが最有力で本名はローレンス・ポール・シュリープ、あるいは簡単にラリー・シュリープ。
ゼーラス・アマーラ、あるいはグレート・ゼーラス・アマーラというのは「プッシーキャット・パイキンス」とともにデビュー当時のいくつかのリングネームのひとつです。
Wikiではデビューは1961年となっています。
そしてウェブサイトによって、ラリー青年をスカウトしたジャック・ブリットという人がモントリオールのプロモーターであるという記述とデトロイトのプロモーターであるという記述があります。
コーチしたのがそのジャック・ブリットの息子のジノ・ブリットという点は間違いないようです。
Wikiでは父親がネイティブ・アメリカンで母親がアフロ・アメリカンとなっています。
それとこれはあくまでも私の個人的な印象なのですがブッチャーの主要タイトル歴の「プエルトリコ・ヘビー級王座」というのが30年来、頭に残っているせいでブッチャーにはプエルトルコのDNAも入っているような気がしてしまうのです。
デビュー当時、トルコ出身を自称していたという記録もあります。
アブドラ・ザ・ブッチャーという唯一無比のリングネームはデビューから約三年後にカナダのバンクーバーのプロモーターに命名されたという説が有力です。
デビュー時の年齢は諸説ありますが私は「17歳説」を推したい。
デビュー戦の相手というのはかなりしつこく調べても出てきません。
ここは、ブッチャーをアトランタの親父と仰ぐ道姓ちゃんに直接、訊いてもらうしかねえな。
俺は別に純然たる歴史上の事実は不明のままでも構いません。
ブッチャーがどう答える/応えるのだろう、というところにワクワクするのです。
だって、ブッチャーなんだもの。
最近、TSUTAYAに行った時、チナスキーノートで紹介されていたばかりの「海炭市叙景」がいきなり新作コーナーにあったので借りて観ました。
徹夜明けでしかも食後に観たら確実に眠りに落ちるであろう152分の作品ですが、インデペンデントならではの自由なリズムと登場人物達の虚飾のないリアリズムが心地よいオムニバスでした。
この映画について書くにあたって、アルトマンの名前が出てくるあたりはチナスキーさん、さすがです。
さて、私がこれまでに観てきた幾多の映画の中で「主人公が出てくるまで一番、時間がかかった作品」というのは恐らく学生時代に観た、若き日のMatthew Broderickとかなり年上のゲイのボーイフレンドの短い恋愛の日々を中心に同性愛者の苦しみと誇りを描いた意欲作、"Torch Song Trilogy"(1988)です。
そして、数日前に観たばかりの「海炭市叙景」は「タイトルバックが出てくるまでに一番、時間がかかった映画」ということで間違いないと思います。
「海炭市叙景」の文字が出てきた時に「え! 今頃!?」と驚いて経過時間のカウンターを出してみたら34分でした(笑)。
それにしてもこの作品、チナスキーさんに薦めたのが引退した伝説のキックボクサー、「野良犬」小林聡だったというのが実に興味深いです。
ちなみに小林聡は現役時代、顔が「美味しんぼ」の山岡士郎に似ているからという理由で取材にスーツを来てこさせられた上に、かの有名な「美味しんぼ」を読んだことがなく、当然、山岡も知らない訳で、誌面からかなりの不機嫌度が伝わってきました(笑)。
さっき、深夜のラジオで「タイトルに数字のついた曲のランキング」の投票の「現時点での一位」が発表されていました。
尾崎豊の「十五の夜」でした。まあ、納得です。
私は不覚にも本田美奈子の「1986年のマリリン」を瞬時に思い浮かべてしまいました(笑)。
映画のタイトルならば間違いなく"2001: A Space Odyssey"/「2001年宇宙の旅」を思い浮かべることでしょう。
細かいことですが、私はこの曲のタイトルは漢字で「十五の夜」だとばかり思ってました。
神村エリカ対RENA
いよいよ明日です。
決戦の舞台がRISEのリングであることと、ここ最近の戦績を考慮して神村を赤コーナー扱いで書きました。
この大一番ほど私が生観戦したいと思った女子格闘技の試合はこれまでなかったのではないかと思います。
現在の神村エリカの勢いはもはや「時代を味方につけた」ではなく、「時代がバックアップを申し出ている」というレベルです。
RISEが命運を賭けたビッグマッチ、TDCホールでの決戦は初代RISE QUEEN決定戦として行われるので当然、シュートボクシング・ルールではなくRISEのキックボクシング・ルールです。
このホームでのルールと前日計量で神村の方が重かったという事実において神村エリカ絶対有利。
RENAの勝ち目は魔裟斗とやった時の山本KIDと川尻達也並みと言えましょう。
そして明日の興行の目玉はこの一戦と8人掛けヘビー級トーナメントですが、ヘビー級トーナメントの全7試合をもってしても神村ーRENA戦の一試合を凌駕することはまず出来ないと私は思います。
ステファン・レコもマイティー・モーもリング上の神村のオーラの前では、はっきり言って屁のカッパとなりましょう。
現在の神村エリカの天下無敵の勢いと並ぶのは私に言わせれば梅野源治、ジョン・ジョーンズ、ダニエル・コーミエの3人のみ。
しかしだからこそ、もしもRENAが勝てばヒョードルがドスサントスを撃破するほどのカタルシスに満ちた奇跡の復活劇となります。
7種類の前売り券のうち4種類が完売となっている現実は神村とRENAが牽引したものと考えてまず間違いない。
明日、TDCホールで歴史の証人となる連中が羨ましい。
それとヘビー級トーナメントですが、私は最初、ステファン・レコとマイティー・モーが優勝賞金が(たった)200万円のトーナメントに出場するようになった現実に日本格闘技界の厳しい現状を思い知らされました。
が、しかし、はっきり言ってその考え方は根本的に間違っていると気づきました。
我々、ハードコアな格闘技ファンは、RISEがTDCホールという大会場で優勝賞金200万円ものトーナメントを開くに至ったという事実にこそ喝采を送るべきなのです。
私のカーステは基本的にFM79.5(ナックファイブ)に固定してあります。たまに他のステーションも聴きますが金曜日はナックファイブ・オンリーです。
理由は単純で小林克也大先生のFunky Fridayの日だから。
それと夕方6時からのブラザー・トムの番組、"One More Pint"もかなり好きです。
毎週金曜の午後三時からはファンキーフライデーの中の1コーナーである東京Top20が始まります。
これは東京中のTower RecordとHMVの売り上げトータルのみで算出するポップチャートで、例えば「今週の第18位は〜〜の〜〜で、Tower Recordでは16位、HMVでは圏外です」というような発表のされ方をします。
このランキングの魅力的な要素というのは洋楽と邦楽がゴチャ混ぜであるところで、例えばLady Gagaと木村カエラがランクインしていたりします。
そして、ベスト盤や復刻版、そしてCDボックスも売り上げ対象なのでイマドキにビーチボーイズがランクインしていたりもするのです。
さて、先々週の金曜日のことですが、このコーナーが始まって早速、紹介された第20位というのが何と何と!「ミュージシャンとしての」David Lynchでした!
小林克也大先生によればDavid Lynchはまず顔見せのCDシングルをリリースした後にアルバム発表をもって音楽業界に本格参戦したようです。
そしてこの20位の曲がまた物凄〜くDavid Lynchっぽいのですわ(笑)。
ということはすなわち、本来、ポップチャートに入ってくるようなリズムもメロディーも歌詞もないということです(笑)。
David Lynchの音楽がトップ20のランキングに入ってくるってこたあ、イマドキの東京のCD購買層はマジでキレキレにカッ飛んでいるってこったぜ。
私が高校時代に聴いて聴いて聴きまくったPrinceの"Purple Rain"と"Parade"という二枚のアルバムはそれぞれ"Purple Rain"と"Under The Cherry Moon"という映画のサウンドトラック盤になっています。
どちらの映画もプリンスという人間の強力極まりないエゴのみでで成り立っている荒唐無稽のロック・ミュージカルで私は決して嫌いではありません(笑)。
この曲は「初回プレス限定、紫色のLP」としてリリースされた"Purple Rain"のA面1曲目で、映画の"Purple Rain"は手っ取り早く言うと「主人公がギターを背負った"Street of Fire"」ということになりましょう。
公開当時のMusic Life誌か何かにヒロインを演じたApollonia Koteroという女優のインタビューが掲載されたのですが、彼女は「撮影所のセットにプリンスが入ってきた時、すぐに抱きついてキスしたくなったわ。だって、目の前にプリンスがいるのよ」と語っており、高校生の私はごくごく単純に「凄え趣味だな、このネーちゃん」とビビりました(笑)。
私の高校時代のラグビー部の一つ上の先輩に実は似てるのは歯並びだけなんでけどデビッド・ボウイに似てると言われていた人がいました。
この人は要は「こじつければ似てなくもない」というレベルのデビッド・ボウイだったのですが、同級生に一人、かなりプリンスに似ているヤツというのもいました。
銀幕腕十字にブックマークをつけてくれている人達の中には私の高校の同級生も結構いるので手持ちの卒業アルバムであらためてチェックしてみてください。
私と同じクラスの出席番号一番、A君です。
そういえばプリンスはかつてSuperBowlのハーフタイムショーの最後の曲に"Purple Rain"を選んだ「ほぼ世界一、空気を読めない人」ですね(笑)。
Prince and The Revolution: Let's Go Crazy
My Japanese Heart
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