少し前に洋画の邦題にイチャモンをつけまくりましたが、今回は邦画の英題について書きます。
ロクでもない愚の骨頂に満ち満ちた洋画の邦題に比べれば、邦画の英題はイチャモンつけ以外にも書くべきことは色々とあります。
まず、邦画の英題には大きく分けて5つのパターンがあります。
1. 邦題の直訳の英語
2. 固有名詞などを尊重し、日本語発音をアルファベット表記
3. 固有名詞を日本語発音のアルファベット表記し、他は英訳/意訳
4. 英訳ではなく作品内容に沿ったオリジナルの英題
5. 元々、英語ないしは片仮名表記の英語タイトルをアルファベット表記の英題
例を挙げると、
1. 「七人の侍」→ "The Seven Samurai"
「仁義なき戦い」→ "Battles Without Honor And Humanity"
「お葬式」→ "The Funeral"
「顔」→ "Face"
「風の谷のナウシカ」→ "Nausicaa of the Valley of the Wind"
2. 「座頭市」→ "Zatoichi"
「用心棒」→ "Yojimbo"
「鉄道員」→ "Poppoya"
「タンポポ」→ "Tampopo"
「羅生門」→ "Rashomon"
3. 「となりのトトロ」→ "My Neighbor Totoro"
「阿修羅のごとく」→ "Like Asura"
「ミンボーの女」→ "Minbo: The Gentle Art of Japanese Extortion"
「もののけ姫」→ "Princess Mononoke"
「楢山節考」 → "Ballad of Narayama"
4. 「蒲田行進曲」→ "Fall Guy"
「ラヂオの時間」→ "Wecome Back, Mr. McDonald"
「雪華葬刺し」→ "Irezumi"
「秋刀魚の味」→ "An Autumn Afternoon"
「無法松の一生」→ "Rickshaw Man"
5. 「アドレナリン・ドライブ」→ "Adrenaline Drive"
「スウィング・ガールズ」→ "Swing Girls"
「Shall we ダンス?」→ "Shall We Dance?"
「BROTHER」→ "Brother"
「バトル・ロワイヤル」→ "Battle Royale"
一番、多いのは(1)のパターンでしょう。上記5本以外にかなりの本数、思いつきます。
(2)のパターンは黒澤明を筆頭とした巨匠の作品に多く見られます。そしてタイトルが短ければ(2)で、長ければ(3)になります。
問題なのは(4)で、かなり好みが分かれます。
「天国と地獄」の"High And Low"は(4)のパターンですが、(1)のパターンで"Heaven And Hell"で良かったんじゃないかと思う人も多いでしょう。
私はその一人です。
それと、「おくりびと」の英題は"Departure"ですが、一般的日本人でも最初に「おくりびと」というタイトルを目にした時はしっくり来なかった訳で、思いきって直訳の"Sender"もアリだったと思います。
"Departure"は恐らく山崎努が出した求人広告の文句から取ったのだと思われます。
私が非常に気に入っているのは勝新太郎と三船敏郎の夢の競演、「座頭市と用心棒」の英題で、真ん中の「と」を"and"ではなしにアメリカ英語の常套句である"meets"にしているところ。
"Zatoichi Meets Yojimbo"です。私はフィラデルフィアのレンタル屋で見つけた時に大興奮して速攻、借りました(笑)。
「たそがれ清兵衛」→ "Twilight Samurai"は(1)と(4)の合体パターンと言えるでしょう。
ちなみに山田洋次監督の藤沢周平三部作の他の二本は、「隠し剣 鬼の爪」→ "The Hidden Blade"、「武士の一分」→ "Love And Honor"となっています。
「蒲田行進曲」の"Fall Guy"などは私がフィラデルフィアのレンタル屋で目にした時、directed by Kinji Fukasakuで"Fall Guy"というタイトルなら間違いなくヤクザものだろうと思いました。
階段落ちのシーンに挑む主人公 → "Fall Guy"です。DVDパッケージの裏面を見てエラく懐かしくなりました。
深作欣二だと、"Police And Thugs"という英題も忘れられません。
原題は「県警と組織暴力」です。
「おお、何とナイスな奇遇!」と心中、拍手をしたのは岡本喜八/仲代達矢の名コンビの「斬る」で、英題は"Kill!"です。
「戦場のメリークリスマス」もかなり気に入っています。
物語の最後のたけしの台詞をそのまま使って、"Merry Christmas, Mr. Lawrence"。
私個人の好みではone of the bestです。
反対に「こりゃあ、ねえだろう」としか言いようのないのは、まず「瀬戸内少年野球団」。
「瀬戸内少年野球団」は、夏目雅子/郷ひろみの1984年版と、鷲尾いさ子/田原俊彦の1987年版がありますが、私は一本目しか観ていません。
アメリカで英語字幕付き配給されているのは一本目だけだと思います。
この作品は手っ取り早く言えば、終戦後の淡路島で戦争未亡人として亡夫の弟との結婚を勧められている夏目雅子と、実は生きていて帰ってきた夫、郷ひろみと、少年野球団の子供達の話しなのですが、英題は一体全体、何がどうしたものか、
"MacArthur's Children"です(笑)。
"The Gods Must Be Crazy" →「ブッシュマン」よりもヒドい(笑)。
浅田次郎の「日輪の遺産」が今年、佐々部清監督のメガホンで映画化されますが、「日輪の遺産」の英題が"MacArthur's Children"ならまだ分かる。しかし「瀬戸内少年野球団」はいくらでも他につけようがあるだろう。
そして私が一番、納得できないのは、ハリウッドのリメイク制作も決定している是枝裕和(これえだ ひろかず)監督の傑作、1999年公開の「ワンダフルライフ」です。
舞台は人間が生と死の間に一週間、滞在する仮住まいのような場所です。
確か、夏休み中の学校の校舎で撮影したんだったと思います。
ここには死者が死後の世界へ旅立つ準備を手伝うスタッフ達がおり、彼らは何をするかというと、一週間の最初の日に、死んでこの場所にやって来た人達が「生前、一番、印象に残った出来事」、もっと具体的に言えば「人生の一番、大切な想い出」をひとつだけ思い出して決めることを促し、死者それぞれから個別に話しを細かく聞いてその想い出の場面を6日間かけてショートフィルム化します。
そして7日目に上映し、鑑賞中の死者の頭の中に記憶が鮮明に蘇って、その場面と同化した時に、その「人生で一番、大切な想い出」だけを胸に死後の世界へと旅立って行く、上映が終わると席は空になっている、という物語です。
ここにやってくる死者達は年齢も死因もまちまちで、想い出を決められない人も、何も思い浮かばない人も、思い出すことを拒否する人もいます。
真面目な映画です。ホラーじゃありません。
そんで「ワンダフルライフ」って英語なんだから、"Wonderful Life"そのままでいいじゃない(笑)。
ところが英題は、"After Life"なんだよ。
俺は納得できねえな(笑)。
堤真一の最新作、「孤高のメス」を観てきました。
正直、さほど期待していなかったのですが素晴らしかった。
私は経験上、映画というのは「映画を観たくなったから行く」場合よりも、「観たい映画があるから行く」方が遥かに楽しめると思います。
平日の安い日(ないしはタダ)だから何か演ってんのを観ようというパターンはハズすことが多いものなのです。
しかしながら、ある意味、惰性で観に行った「孤高のメス」は良かった。
役者全員、素晴らしかった。
私には結構な数の「生理的に受けつけない役者」というのがいるのですが、「ハルフウェイ」と今作をもって成宮寛貴は克服したね(笑)。 これから先、長いこと頑張ってほしいよ(笑)。
私が愛してやまないThe Blue Heartsの「緑のハッパ」という曲の詞に、
「ルール破っても マナーは守るぜ」
というくだりがあります。
そして、「孤高のメス」の堤真一は、
「法律を破っても 医者のモラルは守るぜ」
の行動様式で執刀します。
俺はブルーハーツから本当に多くを学び、同じ想いを共有したけど、この「ルール破っても マナーは守るぜ」というのは、私という人間の根幹かもしれません。
まあ、「おめえは全っ然、マナーも守ってねえべや!」という人もいるかもしれませんが(笑)。
ルール、マナー、モラル、というのは時代と場所によって滅っ茶苦茶、変わります。
殿様と目を合わせた農民が斬られて当然だった時代、黒人が白人と同じトイレに入ることが許されなかった時代、土地によっては「足掛け婚」がまだ存在した昭和40年代、飲食店で幼児の目と鼻の先で親が煙草を吸う現代の日本。
私は「孤高のメス」の堤真一を支持します。
しかし今作を「出来過ぎのヒーロー物の中途半端なハッピーエンド」とする連中もいるでしょう。
実際に気持ちは分からないでもない。
理由も分かります。作中の堤真一が天涯孤独の身だから。
あの天才外科医が妻子持ちだったら、「孤高の判断」の背景はかなり変わってくるでしょう。
しかし、私はこう言いたい。
「孤高のメス」は"Shane"として観てくれや、と。
鉄砲がメス、馬が1989年という時代を彷彿させる「縦に立てた状態でのみ転がせるサムソナイト」に変わったけど、本質的には変わらない。
そして、それは普遍的でしょ。
来年春、「あしたのジョー」が実写版映画となって公開されます。
ということと、丹下段平を香川照之が演じるということを何かで読んではいたのですが、すっかり忘れていました。
我が愛読誌、kamiproの最新号を読むまでは。
今号のkamiproのテーマ/大特集は「あしたと闘うマンガ!!」で、表紙がいきなり矢吹丈です。
「マンガから格闘ロマンを学べ!」という号令の下に、「リングにかけろ」の車田正美や「キン肉マン」のゆでたまごなどの錚々たる漫画家達のインタビューが掲載されており、kamipro名物、変態座談会の御題目は、
「俺たちのあしたのジョー 変態座談会」
で、空前絶後のおもしろさです(笑)。
「あしたのジョー」は実は一度、1970年に実写版映画で公開されているのですが、キャストを見ると知らない人ばかりです。
来年度公開版の丹下段平=香川照之に関しては多くの人々が「え?ハゲじゃないの?」と首を傾げることと思います。
しかし、名優・香川照之の丹下段平はまず声がピッタリです。
1960’s、並びに昭和40’s生まれの日本人男子なら必ず一度は真似をしたことのある、「あしたのために、その1」や「立て!立つんだ、ジョー〜!」の名台詞は香川照之の声によって力強く蘇ることでしょう。
アイパッチも似合うと思います。表情も相当、渋く出来上がりそうです。
丹下段平を演じる役者がカツラなんぞを被るのは言語道断ですから思い切って「髪の毛のある丹下段平」で行ってしまった方がいいかもしれません。
丹下段平のハゲというのは完璧に前頭部と頭頂部が禿げ上がっている俳優が横と後ろを剃らない限り再現できません。
例え、香川照之が剃り上げたとしても、それは結局、ハゲてない人間の「取って付けたハゲ」ですからリアリティーのない無駄な苦労です。
肝心のジョーですが映画版の「クロサギ」以来、二本目の映画出演/主演となる山下智久。
私はまずは「ああ!? ジャニーズだあ!?」と世間一般の中年並みのリアクションをしましたが、冷静になってよくよく考えると、「結構、イケルのではないか」と思い始めました。すくなくとも他に適任者が思い浮かびません。
力石を演じるのは伊勢谷友介。
力石役が34歳はねえんじゃねえの、と思うのは私だけではないでしょう。
伊勢谷友介の身長は180センチですから、「そりゃあ、バンタム(約53.5キロ)まで落とす減量は死ぬほどキツいだろうぜ」と思うのも私だけではありますまい。
マンモス西を演じるのは「勝矢」という人です。私は全然、知らないので調べてみたら、雰囲気はいいのだけど、これまた35歳。
ジョーの役の山下智久でさえ25歳ですから、少年院出身というより立派に成人のムショ帰りじゃないの(笑)。
そして、「生意気で鼻っ柱の強いお金持ちの令嬢」白木葉子役は香里奈。
これは超ピッタリでしょう(笑)。
私の同世代の女友達で「初恋の相手は、あしたのジョー」ってのがいます。
そういうのもいますが、「あしたのジョー」というのは基本的に汗臭く(部室臭く)暗くて硬派な物語なので、劇場公開の箱の中を山下智久と伊勢谷友介の両名目当ての女性達によって、香水が香るようなナンパな空間にはしてほしくねえもんだ、と心から思います。
上映開始寸前までペチャクチャ喋ってやがったら、どうしよう(笑)。
どっちかっつったら、内ポケットに酒瓶を忍ばせてるようなアウトローな連中と観たいものです(笑)。
そして、そういう連中との鑑賞が相応しい無頼な映画に仕上げてほしい。
追記:丹下段平の役といったら竹中直人という最適の人材がいるじゃないの。
松たか子主演のR-15指定作品、「告白」を観てきました。
最愛の4歳の娘を亡くした中学教師、松たか子が3学期の終業式の日に受け持ちの一年生のクラスのホームルームで「私の子は、このクラスの生徒に殺されたんです」と告白し、計5人の関係者の告白で構成される、少年犯罪という言葉の響きが珍しくなくなってしまった時代の物語です。
決して観ていて楽しい映画ではないだろうと予想はしていましたが、予想以上のキツさでした。
Adrian Lyneが撮った、Woody Harrelson, Demi Moore, Robert Redford主演の"Indecent Proposal"(1993)を観た時、「こんなの、わざわざ作って人に見せる必要があるだろうか?」と強く思いましたが、今作「告白」は結局のところ、制作し公開する意味はあるのだと思います。
そしてそれは、Oliver Stoneが撮った"Salvador"(1986)や、阪本順治監督の「闇の子供たち」(2008)と同じ種類の存在理由だと思います。
「告白」は三週間ちょっと前の公開以来、最初の16日間で観客動員100万人を突破するブロックバスターとなり、原作の小説も大ヒット作品ですが、ストーリー自体よりも、こういったキツい話しが創作され発表される土壌に対して私は恐さを感じます。
その土壌は決して日本だけのものではなく、ハリウッドの制作会社が既に3社もリメイクのオファーを提出しているというアメリカも同様です。
北野武監督最新作、"OUTRAGE"を観てきました。
日本のあらゆるメディアでカタカナ表記で紹介されているのでカタカナだと思っていたのですが実際はアルファベット全大文字での表記でした。
タイトルバックもかなりイケてます。私好みです。
劇場まで足を運んだ理由の51%は、どう考えてもヤクザ役に向いているとは思えない加瀬亮のヤクザ姿を見たかったからです(笑)。
私は加瀬亮が演じるヤクザとなれば、親の借金や親友の借金の連帯保証人などの、やむにやまれぬ理由で業界入りしたか、株やITに強い大卒インテリヤクザのどちらかのパターンだと予想したのですが、後者でした。
頭がキレて英語ペラペラの組の金庫番という役どころなのですが、特筆すべきは加瀬亮の英語。
今までに邦画、洋画に関わらず耳にしてきた幾多の日本人俳優の英語の中でマジでナンバーワンです。
アメリカに10年以上、住んでいる日本人でも作中の加瀬亮のレベルでパーフェクトな発音をモノにしている人はそう滅多にいません。
こう言っちゃなんだけど、TOEICのホームページで聞くことのできるSW(従来のマークシート方式ではなく実際に喋って文章をタイプする、実戦英語版のテスト=Speaking and Writing)の模範解答の発音よりずっとずっとイケてます(笑)。
で、"OUTRAGE"ですが、今作は15本目の北野監督作品です。
本人いわく、前作まで芸術系の作品を何本も続けて撮って飽きたし客は入らないのでヤクザ物に戻る、ということで原点回帰したヤクザ映画。
私は北野武の映画は好きだろうか?と自問自答してみると、決してファンということではないのですが、何故か何のかので15本すべて観ています。
理由としてはアメリカのレンタル屋で借りられるという点が上げられるでしょう。
フィラデルフィアで最も充実したインターナショナル・セクションを誇るレンタル屋、TLAの"Japan and Asia"のセクションにはTakeshi Kitanoセクションがあります。
この棚には監督作品だけでなくビートたけしとして出演した映画も多数、含まれるのでかなりの数が並べられています。
本数では、Akira Kurosawa, Yasujiro Ozu, Toshiro Mihuneの各セクションを凌駕しているかもしれません。
Kon Ichikawa, Nagisa Oshima, Tatsuya Nakadaiの各セクションよりは確実に数は多い筈です。
"Outrage"は北野武がヤクザ映画に戻った作品ですが、これまでのヤクザものの中で一番、近いのはデビュー作の「その男、凶暴につき」で、まさしく原点に帰ったカタチ。
あのデビュー作でたけしが演じたのは刑事ですが作品をカテゴライズするならヤクザものでしょう。
それと「向き不向き」で、最新作の"OUTRAGE"でたけしは初めて組長を演じると私は書きましたが勘違いでした。大組織の頂点に君臨する大親分の子供の組の若頭の下でした。
デビュー作の公開は1989年で、北野武はもう21年も監督やってるのか、アメリカで成人じゃねえか、と驚くばかりです。
そして最新作"OUTRAGE"は今までで最もパワフルで、私の中では全15本中のベストです。
いままでの作品でやたら頻繁に見られた「このシーンは果たして本当に必要だろうか?と勘ぐってしまう、作り手の自己満足の気配の強いオカズ」が一切なかったのが凄く良かった。どこも削りようのないシャープで痩せマッチョな作品です。
ただ、「よくまあ、こういうバイオレンスを考えつくものだ」と人間の負の想像力に恐れを成してしまった幾多のシーンはすべからく目をそらしました。
以前も書きましたが私は格闘技は大好きですがバイオレンスは生理的に駄目で、血はまだ我慢できますが傷は見られません。
"Inglourious Basterds"のラストシーンなど、まず直視できません(笑)。
「その男、凶暴につき」と「OUTRAGE」の共通点などを書いてしまうとネタバレになるので控えますが、デビュー作「その男、凶暴につき」から伝わってきたのは北野武の「俺は善人じゃねえし、世の中で人間が生きていけるの水が清くないからだ」という強烈なメッセージです。
当時、公開の少し後ぐらいに、たけしが山口美江とやっていたテレビのトークショーに武田鉄矢がゲスト出演した回をビデオで見ました。
武田鉄矢は長渕剛がテレビドラマの「とんぼ」でヤクザを演じたのと同様、たけしは「自分の好感度が上がってきたことに対する警笛としての行動」で「その男、凶暴につき」を手がけたのだと思うと語りました。
そして、たけしも「いい人」にはなりたくない、「いい人」だと思われていいことなんか何もない、特に男女関係においては「いい人」として扱われると「いい人」で終わってしまうので一線を越えることがない、と言いました。
それに対して武田鉄矢が語った「金八先生のイメージの弊害」が実におもしろく、六本木でホステスさんのお尻を触ったら「金八先生はそんなことしない!」と大泣きされたことがあるそうです。
となれば、「熱中時代」の水谷豊や、「スクールウォーズ」の山下真司も同じような有名税を払っていることでしょう(笑)。
ちなみに「その男、凶暴につき」でキレキレにヤバい存在感を放射しまくっていた白龍は、ハリウッドが描くヤクザ映画にぜひとも乗り込んでほしいと私が切に願う人です。
1980年代の大半をティーンエイジャーとして過ごした人間が当時を振り返ってみた時に鳥肌が立つような恥ずかしさを感じるいくつかのキーワードの中に「ストーンウォッシュ」というものがあります。
ジーンズ、Gジャンの類いのストーンウォッシュ。
「ケミカルウォッシュ」も含みます。
今時のジーンズの「ヒゲ加工」も、あと10年、20年したら相当、恥ずかしい想いで振り返られることと思いますが一世を風靡したストーンウォッシュもかなりのものです。
私はストーンウォッシュ・ジーンズというのは1983年ぐらいに世に出たものかと思ったのですが、ケラリーノ・サンドロヴィッチの監督デビュー作「1980」(イチキューハチマル)に他の様々な1980年という年を演出する小道具とともに登場しています。
私は自分が小学校6年の時に既に存在したのか、と驚きました。
1983年の松田優作、薬師丸ひろ子の「探偵物語」でも白いコットンの裾の細いパンツやサマーセーターなどの当時を偲ばせるデザインの服に混じってストーンウォッシュ・ジーンズが登場しますが、1986年公開の「めぞん一刻」になるとストーンウォッシュよりも、めぞん一刻の住人の一人である四谷さんを演じている伊武雅刀の数種類の衣装であるDCブランドのスーツのシルエットと柄の方が80‘sチックな雰囲気満載です。
ちなみに「探偵物語」の冒頭では薬師丸ひろ子が通う大学で学生プロレスの興行が行われています。
この学プロのリングというのがロープがダルダルの緩みっぷりで、これもまた1983年の学プロ事情を偲ばせる小道具になっています。
千葉最強の牧師、オーハさんが宇都宮大学を卒業し宇大プロ研(UWF)のOBとなったのが1983年ですから「探偵物語」の学祭の季節に宇都宮大学ではオーハさんの後輩のタイガーマスク達が華麗に(ロープの反動を利用できずに)舞っていたことでしょう。
アメリカ映画でも"Boys Don't Cry"や"Johnny B. Goode"や"Three O'clock High"などの若者文化の映画でストーンウォッシュは登場しますが、私が一番、面白い使い方だな、とウケたのは2003年公開の大ヒット・ドイツ映画、"Good Bye Lenin!"です。
これは1989年晩秋のベルリンの壁崩壊前後の東ベルリンを舞台とした「笑えないコメディー」です。
笑わそうとしているけど、つまらなくて笑えないのではなくて、登場人物達の身になって考えれば「重くて」笑えないのです。
主人公は東ベルリン在住の母子家庭の長男の東ドイツ人の青年、アレックスです。
アレックスの父親は「まずは一人で西側ドイツに亡命し家族を受け入れる準備を整えて連絡する」という状況で単身で亡命して以来、10年以上、音沙汰がなく、母親はその悲しみと怒りと絶望感の反動で社会主義に心血を注ぐ活動家として活躍しています。
1989年10月7日の東ドイツ建国40周年記念日に、日々、エネルギーを持て余した多感な年頃のアレックスは反政府デモに参加します。
そして警察隊と衝突してモミクチャになっているところをあろうことか記念日を祝う立場の母親に見られてしまい、母はあまりのショックに心臓発作を起こして意識不明となり8ヶ月間に渡って昏睡を続けます。
8ヶ月後、前触れなく突然、母が意識を取り戻した時にはベルリンの壁崩壊から半年以上、経っており、「元」東ベルリンには津波のように西側の文化、経済が雪崩れ込み、かつてトラヴァントが走っていた道路ではメルセデスが行き来し、ビルの壁には西側の象徴であるCoca Colaの大看板が掛かるまでになっていました。
母が目を覚ました時、担当医師に「もう一度、大きな精神的ショックを与えたら命の保証はない」と宣告されたアレックスは母の命を守るために退院させて自宅に引き取り、近所中の人間に強要して母に「東ドイツは何も変わっていない」と思わせる小細工と演技の努力を続けます。
近所の子供達に小遣いをやって社会主義の歌を歌わせたり、映画監督志望の映像関係の友人にニセのニュース番組を作らせてテレビ放送に見せかけてビデオで見せたり、という幾多の涙ぐましい努力の一環が「アレックスと姉がベルリンの壁崩壊前まで着ていた、東ドイツらしいダサい服装をする」ということ。
アレックスがどこかから調達してきた「社会主義風ダサいファッションの服」の中で姉がひと際、嫌がって「こんなダサいの絶対ヤダ!」と叫ぶのがストーンウォッシュ・デニムのスカートです(笑)。
そういえばベルリンの壁崩壊の直前に大学のクラスメートが滅茶苦茶クセのある英語を喋る留学生の女の子にどこから来たのかを尋ねました。
彼女はGermanyと答えました。
尋ねた方のアメリカ人男子は極端な言い方をすると「自分が持ってる知識を全て放出してカッコつけるタイプ」のヤツで(笑)、やめときゃいいのに、
Which one?
とホザきました(笑)。「ドイツには東西あるのを知ってるぜ」とカッコつけた訳だ、こいつは(笑)。
彼女は呆れた顔で"If it's East, I wouldn't be here"と答えましたが、ホントにそれからほんの数週間ほどで統一ドイツが誕生したんだよねえ(笑)。
ちなみに私は、永瀬正敏の「20世紀カップヌードル」CMシリーズで一番、好きなのはブッチギリで「ベルリンの壁崩壊」です。
前編で書いた通り、岩井俊二監督が自らの代表作と認める2001年公開の「リリイ・シュシュのすべて」で14歳の市原隼人と、撮影期間中15才だったと思われる蒼井優の二人は銀幕デビューを果たしました。
「俳優のデビュー作、その7」の後編は「何をやらかしても誰にでも必ず許されてしまうような笑顔」がトレードマークの蒼井優です。
私が蒼井優という人材を初めて見たのはテレビドラマの「タイガー&ドラゴン」です。
友人から「主役の若いヤクザの喋り方とキャラがおめさんにそっくりだから見てみ」とDVDボックスを渡されて観たのですが、実のところ、蒼井優だけでなしに、長瀬智也、岡田准一、塚本高史、さらに阿部サダヲと古田新太、と全員、初めて見ました(笑)。
そして、こういっちゃ何だが今じゃ全員、大ファンだね、俺は(笑)。
蒼井優は現在、NHKの「龍馬伝」に出演していますが、ありがたいことにテレビより映画中心の役者です。
そして、出演映画のほとんど、15本中12本の80%を主演してキャリアを築いている市原隼人と違い、蒼井優は主演、準主役、助演、カメオ、声優、と何でもござれです。
よって出演本数も多く、ショートフィルムを除いて、劇場公開が始まったばかりの「FLOWERS -フラワーズ-」を入れて実に31本。
現在24歳、9年弱のキャリアで31本という数字は圧倒的売れっ子ぶりの証明以外のナニモノでもありません。
31本中、私が観たことがあるのは16本。どれもこれも蒼井優という個性の存在は強烈に印象に残っています。
蒼井優は「細い」女性ですが「クワイエットルームへようこそ」と「百万円と苦虫女」の二本は特に細い印象が残っています。
Wikiで読んで滅茶苦茶、驚いたのですが、「クワイエットルームへようこそ」では女性専用の精神病院に入院している摂食障害の患者を演じるために役作りで7キロも減量(!)したのだそうです。
デビュー作の「リリイ・シュシュのすべて」は、中学生のドロドロとした思春期をいじめ、暴力、さらにレイプと援助交際まで絡めて描いた「キツい」作品です。
蒼井優は市原隼人のクラスメートで、ともにいじめられる側の絆を感じている存在です。
小学生の時にいじめられていた反動で中学校で不良少年達の頂点に君臨するボスに蒼井優は中年相手の援助交際を強要されピンハネされています。
その仕事の往復に付き添うのが市原隼人。
こんなことが、この世の中にあっていいものか、と観ている者が怒り悲しむ不条理の渦中で、それでも笑顔を見せる切なすぎる少女を演じたのが蒼井優という逸材の銀幕デビューです。
まず、いきなりですが訂正とお詫び。
北川悦吏子監督の「ハルフウェイ」という作品について書いた時に、私は岩井俊二監督の特徴は、例外はあるものの、「登場人物全員に対して好感を持てる作風」と書きました。
その後、岩井監督作品で市原隼人と蒼井優という二人の日本が誇る若手スターの銀幕デビュー作、「リリイ・シュシュのすべて」をDVDで観て考えを改めました。
「リリイ・シュシュのすべて」は田舎の中学生達を描いた作品ですが、度を超えた、目を覆うばかりのイジメや暴力や何の対策も考えずに放置するばかりの教師が頻出する観ていてキツい映画です。
岩井監督は過去にこれだけの暗く生臭く剥き出しの思春期も描いていたのか、と驚きました。しかも監督本人が「遺作を選べたらこれにしたい」と明言しているそうです。
という訳で、「俳優のデビュー作」の第7回は「前編・市原隼人」と「後編・蒼井優」に分けて、まず前編は乾いた声とカラカラと耳に心地よい笑い声とキリリとした二枚目顔と憎めない笑顔で人気の高い市原隼人、現23歳。
ごく普通の高校生を演じた「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」という主演作の中で、恋する女の子を訪ねて女子高校の教室に乗り込むシーンがありますが、なまじ、そんじょそこらのイケメン俳優ならクサくて決まらないところを市原隼人という個性は凛々しく一本気でコケティッシュにまとめています。
私が市原隼人という俳優を初めて見たのは、ほんの3,4年前、全米衛生放送dish networkの有料日本語チャンネルの中のごくわずかな映画枠でかかった「天使の卵」でした。
作品自体がよかったかどうかは別として、市原隼人という人材は実にいいなあ、有望だなあ、と思いました。
ごくごく単純な言い方をすると、「こいつ、すっげえ、いいじゃん」という塩梅。
その後、なんのかので出演作を計8本、観ています。
市原隼人がこれまでに出演した映画は現在、公開中の「ボックス!」を含めて15本で、そのうち実に12本が主演。
2006年公開の6本目以降、主演のみのキャリアです。私は主演作しか観たことがありません。
私が一番、市原隼人らしさを感じるのは2003年公開の「偶然にも最悪な少年」でしょうか。
市原隼人は「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」という栃木県の田園地帯を舞台にした映画で大暴れしていますが、デビュー作の2001年公開作品「リリイ・シュシュのすべて」も舞台は栃木県で、おそらく足利市だと思われます。他にも佐野や宇都宮の地名も出てきます。
「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」という映画でも殆ど全く栃木弁は出てきませんでしたが、「リリイ・シュシュのすべて」でも私が憶えてる限り、たった一回、憤慨した時や呆れ返った時のフレーズ「まったく」が「ったぐ」になっていた、たった一回のみ(笑)。
当時、市原隼人は14歳の中学生で主役デビューでした。一言で言えば「パシリ」の役です。
私が敬愛する山田洋次監督が「十五才 学校Ⅳ」の主演オーディションで金井勇太を抜擢した時に、確かに山田監督好みだなあ、と思ったのですが、岩井監督の市原隼人抜擢も実に頷けます。一言で言えば「透明感」あるいは清潔感に惹かれたのだと思います。
決して楽しくも明るくもない思春期の日々のストレスの解放をリリイ・シュシュというポップ・アーティストの音楽と存在そのもの、そしてインターネットのファン・サイトでの同士との交流に求める、田舎の、結局のところ孤独な中学生を好演したのが市原隼人の銀幕デビュー。
彼の最大の特徴でありセールスポイントである
「思い切り人を食った、されど憎めない、カラカラ大笑い」はまだデビュー作では出てきません。
この項、後編の蒼井優に続く。
昨日、市原隼人、高良謙吾主演の「ボックス!」を観てきました。
幼馴染みの高校ボクシング部員ふたり、片や「天武の才を持って努力せずとも強いインファイトのボクサー」、片や「ひたすら努力をもって強くなる秀才の元いじめられっ子」の友情の物語です。
私は市原隼人は好きだし、高良謙吾も「南極料理人」の最年少部員の役が光っていたので魅力的な映画ではあるのですが、ボクシングものというのは、どうしても試合のシーンがリアリスティックにならないものなので、あまり期待はしていませんでした。
しかし、試合のシーンも悪くなかったのですが私が一番、惹き付けられたのは市原隼人のシャドーとスパーリングの上半身の振りです。
上半身の振りをサポートする下半身の充実ぶりを感じさせる素晴らしい動きでした。
「俳優のデビュー作」の杉本哲太編で書きましたが、私は役作りで頭を丸められるのは男性俳優として最低条件だと思います。
ですから今作の市原隼人のボーズ頭には拍手を送りたいし、実際かなり似合っています。
そして短ラン(丈の短い学生服)とボンスリ(太もも部分がダボダボで裾が細い学生ズボン)がこれほど似合う俳優もなかなかいないのではないか、と思いました(笑)。
それにしてもですな、主役の二人がフェザー級だったら二人の壁となる他校の強豪は、はっきり言ってウェルターだよ、ありゃ(笑)。
先週、劇場で観たばかりの「座頭市 THE LAST」の豪華キャストのうち、どうにも気になって帰宅してからすぐにWikiで血縁関係を調べてしまった三人というのがいます。
岩城滉一、寺島進、反町隆史。
以前から反町隆史って岩城滉一に似てるなあ、と思っていたのですが、岩城滉一と寺島進のツーショットというのも年の離れた兄弟のようでした。
岩城滉一(59歳)から見て、寺島進(46歳)が弟で反町隆史(36歳)が息子って無理はないでしょう。
三人に血縁関係はないようですが、「最近、知ったんだけどよー、、、、、」とかっつってフカせば、信じる人は結構いると思います(笑)。
秋の公開が楽しみな「悪人」の予告編が早くも映画館でかかっています。
父親を知らず幼い頃に母親に捨てられ祖父母に育てられた無口な青年を妻夫木聡。
主人公の青年と携帯の出会い系サイトで知り合い、人生を賭した恋に落ちる孤独な女性を深津絵里。
この主役二人のキャスティングで既に期待大ですが、脇を固める登場人物達を誰が演じるのかは、あえて調べずに楽しみにしています。
そして予告編をもって、脇を固める登場人物の中で最重要な二人が明らかになりました。
物語の発端となる殺人事件の被害者の若い女性の父親を柄本明。
自分の娘が捨てた孫を周囲の若い母親達に引け目を感じながら愛を持って育てた、主人公の祖母を樹木希林。
Oh, my God!
俺を手招きするかのような素晴らしいキャスティングだわ(笑)。
自分は果たしてSABUという映画監督のファンであろうか、と自問してみると、「嫌いではないけど決してファンという訳でもないだろう」という答えが出てきます。
なのに何故か、20分間のショート・フィルムである「A1012K」を抜いた、これまでのfeature lengthの監督作品全10作中、9本も私は観ています。
10本をリストアップしてみると、
「弾丸ランナー」(1996)
「ポストマン・ブルース」(1997)
「アンラッキー・モンキー」(1997)
「MONDAY」(2000)
「DRIVE」(2001)
「幸福の鐘」(2002)
「ハードラックヒーロー」(2003)
「ホールドアップダウン」(2005)
「疾走」(2005)
「蟹工船」(2009)
私が観たことがないのは「ポストマン・ブルース」。
何故、9本も観ているのか?と分析してみると2つの理由が思い浮かびます。
SABUという監督の特徴はまず「役者を走らせる」ということ。
とにかく、SABU作品に出演するには長時間、走れなければなりません。そして、この「役者を走らせる演出」と連動したスピード感に私は惹かれるのだと思います。
そして、もうひとつは殆どの作品が「時の一致」であること。
ラストシーンのみ数日後、というパターンも含めて、物語が始まって終わるまでが一日、という「時の一致」の脚本で撮られた作品が私が観た9本中、実に7本。
私は「時の一致」は実に好きなので、SABUが撮った映画となると無意識に「時の一致でスピーディー」を期待するのだと思います。
私が初めて観たSABU作品はデビュー作の「弾丸ランナー」。
これと「アンラッキー・モンキー」はフィラデルフィア市内で日本語ペラペラの韓国人の兄ちゃんが両親とやっていた日系の雑貨屋の奥のレンタルビデオ・コーナーで借りて観ました。
彼は店がヒマな時は、よくハングル語版の日本の漫画を読んでいました。私が憶えてるのは、あだち充の「タッチ」。
「弾丸ランナー」は、全く相関性のない3人の男を演じる主演俳優、堤真一、田口トモロヲ、ダイヤモンド・ユカイの3人がタイトルそのままに走って走って走り続けます。基本的には三人とも別々の何者かから逃走し、それぞれを追う追跡者達もひたすら走り続ける、という、「弾丸ランナー」な(笑)デビュー作。
走る主役の三人は、
「自分のミスで組長と兄貴を死なせてしまったヤクザ」→ 堤真一
「仕事と失恋のストレスで銀行強盗を企てた冴えない男」→ 田口トモロヲ
「シャブ中ミュージシャンのコンビニ店員」→ ダイヤモンド・ユカイ
とにかく、SABUの後の作品で垣間見れるエッセンスが詰まった「時の一致でスピーディー」なイケイケのエネルギーに満ちた一本です。
ちなみにSABU監督作品はデビューから5本まで主役は全て堤真一です。
常連俳優は大杉蓮、寺島進、塩見三省などで、「幸福の鐘」は確か、寺島進の初主演作だったと思います。
SABUの作風は2005年公開の「疾走」から大きく変わります。
それまでは暴力描写はあっても基本線はユーモアとスピード感と非常識の面白さだったのですが、「疾走」は絶望と不条理に満ちた世界で何とか再生を模索する内向的な一本です。
「蟹工船」は小林多喜二の原作を読んだことがある私としては、SABUのメガホンによる映画化を初めて知った時、「舞台がずっと船の中じゃ走らせようがねえじゃねえか」と思いました(笑)。実際にSABUの作品なのに誰も走りません。
あそこまで全部が全部、スタジオで撮られた作品というのは蟹工船内の閉鎖感は見事に演出されているのですが、開放感がない映画は私は苦手なので、正直なところ、終わった時にホっとしました。
最後に、SABU自身がクリスチャンかどうかは分かりませんが、作中、行儀良いアプローチでも、カッ飛んだアプローチでも、キリスト教的メッセージを垣間見ることが何度もあります。
代表的なのは「疾走」における、蔵を改造して作られた教会と、豊川悦司、演じる神父の存在です。
実に印象に残っているのが豊川悦司・神父が中学生に「運命と宿命の違いが分かりますか」と訊くシーン。
中学生の女の子が「宿命は恐い感じ。運命は何とかなる気がする」と答えます。
豊川神父の定義は、
「人間は必ず死にます。これが宿命です。 どう死ぬのか。これが運命です」
「ホールドアップダウン」では、かなりハイテンションな台詞の中に何度、「神様」という言葉が入っていたか分かりません。
だけど、あの映画はシャレの効かないクリスチャンが観たら絶対に怒るな(笑)。
私が敬愛してやまぬ阪本順治監督の最新作、「座頭市 THE LAST」を観てきました。
主演の5人目の市を演じるは周知の通り、香取慎吾です。
さすが天下の阪本順治。"One instant classic masterpiece!"と褒め讃えたい。
役者陣も、みんながみんな、素晴らしい。
仲代達矢と反町隆史のように誰かが抑えてやんないと突っ走ってやり過ぎちゃう俳優も阪本順治の演出により「抑えて強い存在感」で光っています。
どこがどう私好みだったかというと、まず野外ロケの開放感。
私は映画のシーンの殆どを撮影所で撮る作品というのは開放感がなくて好きではありません。
そして、阪本順治という人は昔から「撮影所の外に出て撮る」タイプの監督です。
殆どロケで撮った作品というのは下手すれば平坦な印象になり撮影所内での撮影よりも奥行きが無くなってしまうこともあります。
例えば、砂漠を砂紋/風紋なしの影のないイメージで映像化した状態です。
しかし、It's Junji Sakamoto that I'm talking about.
広がりがあって奥行きがあって彩りがあって、雪の白すら、そんじょそこらの白ではない美しい絵を見せてくれます。
音も音楽も素晴らしい、の一語です。
そして私は昨今、大流行り中のCG時代劇を生理的に受け付けません。
さらに、メイクの一筆一塗りまでドギツク見えるテレビドラマ時代劇の安っぽさ、下品さも全く受け付けません。
よって今夜の私は心中、「そうそう!これぞ本物の、CGに頼らず丁寧に作り上げた銀幕の時代劇!」と喝采を送りました。
ただ、仲代達矢はいつものことながらの塗りまくりメイクです。
私は昔から、どうして、この人は毎度毎度、こんな歌舞伎役者のようなメイクを施されて容認しているのだろう?と不思議に思っていたのですが、考えてみれば仲代達矢という人は舞台の人でもあるので、自分から物凄く濃いメイクを望んでいるのですね、きっと(笑)。
「映画の中の坂本龍馬」の最終回は坂本龍馬が登場する次なる映画、12本目の龍馬ムービーで坂本龍馬を演じるに最適な役者は誰か?の考察です。
我が愛読誌kamipro最新号の特集「幕末」でインタビューを受けているプロレス/格闘技ファンとして名高く武田鉄矢の物真似の第一人者である三又又三にとっての龍馬イズムというのは、
「誰からも頼まれたわけじゃないのに動く」だそうです。
そして三又の考えでは、「龍馬伝」の福山雅治は国から(国営放送のNHKから)「あなたは女にも人気があるからやってください」と頼まれてやっている。もう、そこからして龍馬じゃない(笑)。
確かに武田鉄矢などは役者としてデビューした時から、いつかは憧れの坂本龍馬を演じてみせる!と、「誰からも頼まれたわけじゃないのに」目論んでいたことは容易に想像できます(笑)。
前編では11人の龍馬を演じた俳優を紹介しましたが、ドラマや舞台にまでフィールドを広げると更に様々な役者陣が坂本龍馬というキャラクターに挑んでいます。私が知っている名前を羅列してみると、
北大路欣也、浜田雅功、市川染五郎、福山雅治、中村敦夫、藤岡弘、夏八木勲、中村雅俊、世良公則、竹脇無我、佐藤浩市、仲村トオル、玉木宏、内野聖陽、西城秀樹、松重豊。
今回は、この16人と映画の11人、計27人以外の適役を考えてみます。
まずヴィジュアルですが、定説で身の丈6尺の大男だった龍馬ですから「幕末青春グラフィティ Ronin坂本龍馬」の武田鉄矢のような前例はあるにしろ、出来ればある程度のタッパは期待したいところです。
そして痩身と太めも芳しくありません。
顔は美しく整ったハンサムは好ましくなく、ゴツゴツとワイルドで男っぽい二枚目が理想です。
そして私の個人的意見ですが演技に見えない自然さで大声で笑えること。
10年前なら伊原剛志と堤真一を推すところなのですが、31歳で亡くなった坂本龍馬を演じるには現在46歳の伊原剛志と同じく45歳の堤真一は年をとり過ぎています。
という訳で私が推す12人目の銀幕の中の坂本龍馬は香取慎吾、33歳。
過去にテレビドラマで近藤勇を演じたのがネックになるかもしれないけど、そこは忘れましょう。
ハットリくん、孫悟空、両さん、座頭市、と来て龍馬となれば、慎吾ちゃんの大ファンの私の息子は相当、喜ぶでしょう。
ちなみに演技者として成り立つかどうかを全く考えないで一人、挙げるとすれば(とにかく顔で選んで)プロレスラーの高岩竜一(たつひと)です。
それと、我々一般人にとって一番、馴染みの深い坂本龍馬の写真は病に冒されてからの写真であって、実際はあの写真よりもずっとハンサムだったのだ、という説もあります。
ならば12人目の坂本龍馬に伊藤英明、34歳か、坂口憲二、34歳いう飛び道具もあるのですが、この二人だとちょっと女性ファンがつき過ぎている弊害が出る気がします。
私は伊藤英明も坂口憲二も魅力的な役者だとは思いますが、この二人のモテ男で龍馬ムービーを作る場合、制作側が女性ファンを引っ張り込む為に昨今、外国映画のラブコメの邦題で使われ続けている馬鹿の一つ覚え、
「七・五調 + 恋 + レシピ」を使う恐れがあります。
結果、どうなるかというと、タイトルが
「恋する龍馬の幕末レシピ」
なんぞという愚の骨頂になってしまうかもしれません(笑)。これは駄目だ!
最後に龍馬以外の物凄く思い切ったキャスティングを一つ。
西郷隆盛役に荒川良々でどうだ!
前編で、坂本龍馬という人物が主役、脇役に関わらず登場する映画を11本、紹介しましたが、一番、有名なのは恐らく1986年公開の「幕末青春グラフィティ Ronin坂本竜馬」でしょう。
中編は私が観たことのある4本を紹介するという流れで書きますが、まずはこの幕末の志士の青春群像から。
龍馬を演じたのは「42年間、坂本龍馬を研究している」龍馬ファンとして名高い武田鉄矢。
憧れのアイドルを演じたという意味において、UFCミドル級王者、アンデウソン・シウバがマイケル・ジャクソンを演じるようなものです。
そして今回、Wikiってみて初めて知ったのですが、脚本も武田鉄矢が「片山蒼」という名義で書いていたのだそうです。
憧れの龍馬の生き様を書き起こし演じた訳ですから、とてつもなく難しくてやりがいのある仕事だったことでしょう。
作中、私にとって凄く印象深いシーンは二つ。
ひとつは武田鉄矢が地面にひざまずき、空に向かって「たけちい〜! なぜ死んだあ〜!」と武市半平太の死を悲しみ泣き叫ぶシーン。
あの武田鉄矢はタダゴトじゃない迫力に満ちており、私はマジであのシーンは役者・武田鉄矢のクライマックスだと思っています。
そして、もうひとつは、武田鉄矢が誰かに語って聞かせる回想のシーンで、土佐勤皇党の舎弟分、阿藤海が演じる沢村惣之丞をいわゆる「春を買う」女郎屋に連れて行った時の想い出。
「女達には目もくれんと生まれて初めて食う米の飯を、こんな旨いもん初めてばい、旨い、旨い、と夢中で食い続けちょってのお。 そんな、あいつが可愛いてのお」
私はこのシーン、この台詞を思い出すと何故か目頭が熱くなります。
この映画のキャスティングは武田鉄矢の龍馬の他、高杉晋作が吉田拓郎、桂小五郎が川谷拓三、伊藤博文が伊武雅刀、そしてナレーションのみながら勝海舟が石坂浩二で、他にも、柴俊夫、竹中直人、原田大二郎、内藤剛志、不破万作、原田美枝子、浅野温子、菊池桃子、南果歩、古尾谷雅人、陣内孝則、大仁田厚、などが出演しています。
ちなみに我が愛読誌・kamiproの最新号のテーマは「幕末」。目次の次の最初のページは一番、有名な坂本龍馬の写真です。
いつにも増して面白い今号の中で特に面白いのが、プロレス・格闘技ファンとして名高く坂本龍馬と幕末にも造指の深い、私が大好きなお笑い芸人の「ビビる大木」と「三又又三」のインタビュー。
そして三又に声がかかった理由が、幕末といえば龍馬、龍馬といえば武田鉄矢、武田鉄矢といえば三又、という物凄い、こじつけ(笑)。
やっぱ、kamiproは最高です(笑)。
私がTashinMMAclothingの広告を打つ予算はないけど読者プレゼントの景品に自社商品のTシャツを提供させてください、とメールを打った時に返事が来なかったのは今だにムカつくけど(笑)、それでも最高。
次は1991年公開の「幕末純情伝」。
この作品は原作が、つかこうへいで「沖田総司は女だった」という設定のファンタジーです。
おもしろいかどうかは別としてかなりカッ飛んだ作品で、私の記憶では作中、踊りのシーンはなかったと思うのですがクレジットに「劇中振付:ラッキィ池田」とまで出てきます(笑)。
女・沖田総司を演じるヒロイン(?)は牧瀬里穂、土方歳三を杉本哲太、坂本龍馬を渡辺謙、近藤勇を伊武雅刀、桂小五郎を柄本明、西郷隆盛を桜金造、岡田以蔵を木村一八、が演じています。
作中、私が「これは龍馬、言いそうだなあ」と思って気に入っている台詞を紹介します。
私の個人的な土方歳三のイメージにピッタリな杉本哲太はちょくちょく、「ドカタじゃねえよ! ヒジカタだあ!」と叫んでいるのですが(笑)、その土方とサシで痛飲したあとの渡辺謙・龍馬が改めて(ちょっと、しんみりと)土方歳三に語りかける時の言い草が「なあ、ドカチン」(笑)。
私は大笑いしたね(笑)。
他のシーンで土方不在の新撰組を訪ねてきた渡辺謙・龍馬の「ドカちゃんはおらんのか?」にも笑いました(笑)。
次は天才・三谷幸喜が脚本を書いた2002年公開の「竜馬の妻とその夫と愛人」。
主役は誰かと言えば、鈴木京香が演じる「おりょうさん」。
物語は龍馬が亡くなって明治が始まり13年、経った時に、おりょうさんの妹の夫、すなわち龍馬のbrother-in-lawにあたる明治政府の役人、菅野覚兵衛が龍馬の十三回忌を催す相談でおりょうさんを訪ねるところから始まります。
ここからは賛否両論が出るであろうところですが、中井貴一、演じる覚兵衛が久しぶりに会ったおりょうさんは実に冴えないカンジの男、木梨憲武と再婚して尻に敷いており、龍馬の生まれ変わりのように何もかもそっくりなニセ龍馬、江口洋介と愛人関係にあります。
坂本龍馬が登場するのはおりょうさんの回想の中のみで龍馬を演じるのはトータス松本。
私の記憶では斜め後ろや横からのアングルでしか登場しなかったと思います。よって、あまり印象に残っておらず、Wikiの坂本龍馬の映画リストで本作のタイトルを見つけた時は「江口洋介は坂本龍馬のそっくりさんとして出ていたのであって、この映画がリストに入っているのはおかしいのではないだろうか」と思いました。
トータス松本の坂本龍馬の存在を忘れていたのです。
作中、おりょうさんという女性は、坂本龍馬という夫の存在を忘れることが出来ず、義理の弟である菅野覚兵衛以外の明治政府の役人達に「積極的に関わりたくない面倒な存在」として位置づけられている人物として描かれています。
最後の4本目は2008年公開の「ボディ・ジャック」で舞台は現代の東京、主役は元・学生運動家/現・広告代理店勤務/酒浸り、の中年、高橋和也。
これは一応、映画ですが限りなくVシネマに近く、低予算で荒唐無稽、もっと言えばチープで無理のある一本です。
大体、1960年代にヘルメットを被って学生運動に没頭していた大学生が2008年に中年になった姿を1969年生まれの高橋和也が演じるのは無理があり過ぎます(笑)。
「南の島に雪が降る」の時よりも無理がある。
そして、高橋和也より確実に年上と思われる奥さん役(調べたら1966年生まれ)が回想シーンの高校生時代にセーラー服を着て登場した時は「これは笑わせようとしているのだろうか? 怖がらせようとしているのだろうか?」と考え込んでしまいました(笑)。
どういう話かというと、成仏できていない人斬り以蔵が現代人をボディ・ジャックして(憑衣して)連続通り魔事件を起こしており、それを阻止するために武市半平太が高橋和也に憑衣して手を尽くす、というもの。
そして生前の姿で岡田以蔵と武市半平太が勝負して武市が負けそうになった時にいきなり登場して武市を救い、以蔵に語りかけて成仏に導くのが坂本龍馬。
笠兼三という人が演じる龍馬はトータルで5分ほどしか登場しません。
私は映画がどうのこうのよりも、この笠兼三という人が笠智衆先生の孫だったというところに一番、驚きました。
この項、後編に続く。
NHKの「龍馬伝」の影響でオンライン・オフラインともに「坂本竜馬/龍馬」という文字を目にしない日はありません。
多くの書店では、入り口、入ってすぐのところに「坂本龍馬コーナー」が設置されています。
「龍馬」と「竜馬」、正しくはどちらだ?と思っている人は私の他にも大勢いることと思いますが、私としては「龍馬」の方がしっくり来るので「坂本龍馬」で進めさせていただきます。
坂本龍馬という人は、映画、テレビドラマ、舞台、小説、エッセイ、漫画、論文、ドキュメンタリー、とあらゆるメディアで繰り返し繰り返し描かれている、日本という国の歴史きっての「実在したスーパーヒーロー」です。
私は門外漢ですがゲームにも出て来ているであろうし、パチンコ/パチスロのキャラクターとなるのも時間の問題だと思います。
とにかく、この人ほど、文学、芸術、娯楽作品に引っ張りだこになってきた人物は世界中を見回してもそうはいないでしょう。
誰か他にいるだろうか?と考えてリストアップしてみると、ナポレオン、チンギス・ハン、毛沢東、ジョージ・ワシントン、ルーズベルト、ゴッホ、野口英世、ベイブ・ルース、力道山、ケネディ、ジョン・レノン、ブルース・リー、エル・サント、ペレ、王貞治、長嶋茂雄、モハメド・アリ、マラドーナ、美空ひばり、と出てきますが、こと「演じられた回数」で言ったら、この中の誰ひとりとして坂本龍馬に敵わないでしょう。
只一人の対抗馬はJesus Christです。
私はそのうち「映画の中のジーザス」も書くつもりですが、とにかく映画とテレビドラマと舞台演劇で演じられてきた回数は間違いなく龍馬とジーザスがビッグ2。(もしかしたらパキスタンのアクラム・ペールワンなど、坂本龍馬同様、局地的に凄い人が世界にはいるかもしれませんが)。
二人とも、ただ単純に熱狂的に受け入れられるだけでなしに、論議の対象となり多角的に探求されてきたところも似ています。
という訳で、これだけのスーパースターについて銀幕腕十字で書くことはとても意義深いことです。
しかしながら、私はテレビは一週間で平均5分ぐらいしか見ないし、番組ジャンルの中で一番、見ないのがドラマです。
よって、私が愛してやまぬ映画の中の坂本龍馬について書いてみます。Yeah!
まず、坂本龍馬という人物が主役、脇役に関わらず登場する映画を、Wikiのリスト、プラスWikiの記載漏れの分を補足してリストアップしてみます。
それぞれ、俳優の名は坂本龍馬を演じた役者の名前です。
1.「坂本龍馬」1928 阪東妻三郎
2.「人斬り」1969 石原裕次郎
3.「幕末」1970 萬屋錦之介
4.「竜馬暗殺」1974 原田芳雄
5.「幕末青春グラフィティ Ronin坂本竜馬」1986 武田鉄矢
6.「竜馬を斬った男」1987 根津甚八
7.「ゴルフ夜明け前」1987 渡瀬恒彦
8.「坂本龍馬」1989 真田広之
9.「幕末純情伝」1991 渡辺謙
10.「竜馬の妻とその夫と愛人」2002 トータス松本
11.「ボディ・ジャック」2008 笠兼三
この中で私が観たことがあるのは恥ずかしながら4本のみ。5、9、10、11です。
「映画の中の坂本龍馬」という大層なタイトルをつけておいて、11本中、たったの4本ではちょいと恥ずかしいので他の作品のレンタル状況を調べまくったのですが見事に成果無しでした。
特に29歳の真田広之が龍馬を演じた「坂本龍馬」はオンライン上での評価が滅茶苦茶、高いのでどうしても観たくなって、宇都宮中のレンタル屋に電話をかけまくったのですが全滅。
最後の頃は「DVDでの扱いはございません」と言われて、「それではVHSならあるのですか?」と期待に満ちた声で訊き返し、「いいえ」と言われて、心中「マトモな日本語を話せよ、ブッ飛ばすぞ!」とムカついたりもしました(笑)。
レンタル不可能ならば買おうと思ったのですがAmazonでも「坂本龍馬」、「真田広之」両方から攻めて成果無し。
誰かDVDかビデオをお持ちの方がいたら、ぜひとも貸してください。宇都宮名物「レモン牛乳」でお礼します(笑)。
この項、中編と後編に続く。
川端康成の文芸作品の中には二度以上に渡って映画化されている代表作が実に三作もあります。
「雪国」は、「岸恵子ヴァージョン」(1957)と「岩下志麻ヴァージョン」(1965)
「古都」は、「岩下志麻ヴァージョン」(1963)と「山口百恵ヴァージョン」(1980)
そして、Wikiによれば、「伊豆の踊り子」にあっては何と!六回も映画化されています。
「田中絹代ヴァージョン」(1933)
「美空ひばりヴァージョン」(1954)
「鰐淵晴子ヴァージョン」(1960)
「吉永小百合ヴァージョン」(1963)
「内藤洋子ヴァージョン」(1967)
「山口百恵ヴァージョン」(1974)
このうち、私が観たことのあるのは、
「雪国」with 岸恵子
「古都」with 岩下志麻
「伊豆の踊り子」with 吉永小百合
「伊豆の踊り子」with 山口百恵
の四本です。よって私が比べて観たのは「伊豆の踊り子」のみ。
私が観た「伊豆の踊り子」は吉永小百合版が先です。吉永小百合版と山口百恵版の間には内藤洋子という人の一本があり、その一本の演出がどうなっていたのかは知る由もありませんが、山口百恵版はかなり細かいところまで吉永小百合版と同じように作り込んでいます。
違うのは冒頭とエンディングのみ。
「伊豆の踊り子」という物語は、大学の老教授が四十年前の二十歳の時、伊豆を訪れた際に想いを寄せた旅芸人一座の十六歳の少女との短い日々のことを語る回顧録です。
語り手の「私」は、現代よりも大学に進む人間の絶対数がはるかに少なかった大正時代に「書生」であったスーパーエリートで、踊り子は、とある村の入り口に「乞食と旅芸人、村に入るべからず」という看板が立てられているほどに差別が激しかった時代に人並みの幸せを夢見ることが許されなかった純情無垢な少女です。
いわゆる「身分の釣り合わない恋愛」。
「身分の釣り合わない恋愛」は、"Pretty Woman"や"Coming to America"のように成就することもあれば、"Roman Holiday"や「海は見ていた」のように、それぞれの道に戻ることもあります。
そして「伊豆の踊り子」はまさに後者です。
吉永小百合版と山口百恵版は、本当に、細かいシーン、風景、小道具、台詞、衣装からカメラ・アングルに至るまで演出はそっくりです。
しかし、主演女優が違えば当然ながら印象も変わります。甲乙をつけるとすれば、あくまでも個人の好み次第でしょう。
日本一の吉永小百合ファンを自称するタモリだったら吉永版を推すだろうし、山口百恵にとことん憧れて育ったさくらももこだったら山口版に清き一票を投じるでしょう。
二十歳の書生は吉永版では高橋英樹、山口版では三浦友和で、二人とも真面目で柔和で何よりも誠実な青年を演じています。
しかし、非の打ちどころのない好青年の振る舞いの中に、時代性ゆえに責めることの出来ない無意識下での差別が垣間見えるシーンもあります。
二本の違いは冒頭とエンディングのみ、と前述しました。
両作品とも儚い恋物語から四十年、経って老教授となった語り手は宇野重吉です。
吉永版では冒頭とエンディングに宇野重吉が老教授姿で登場しますが山口版ではナレーションのみです。
そしてエンディングの大きな違いとして、とてつもなく印象深いのが、踊り子の少女のこれから先のつらい人生を暗示する山口版のストップ・モーションです。
吉永版は都会に佇む宇野重吉の姿のカットで終わるので、老教授が「あの時の伊豆の踊り子の少女は、どのような人生を送ったのだろう」と決して愉快ではない筈の想いを巡らし、自らの老いをも噛み締める「引き」です。
一方、山口版のエンディングは三浦友和が東京に去った後、日常の旅一座の生活に戻った踊り子の少女がお座敷で酔っぱらいに抱きつかれてイヤな顔をしているストップ・モーション。
観る者に、少女のこれからの決して明るいとは言えない人生に想いを巡らすことを促す終わり方です。
どちらが悲しいかと言ったら、これはもう山口百恵ヴァージョンです。
「忘れ得ぬ選手入場シーン」、「ファイターのデビュー戦」ときて、須藤元気の三回目。完結編。
私は須藤元気が2000年5月のコロシアム2000に出場することが決まった時、「須藤元気には、物凄く切れるマネージャーがついているのだろう」と思いました。
何故かというと、パンクラスの新人王決定戦であるネオブラッド・トーナメント出場から一年も経っていない新人が東京ドームという巨大な箱でヒクソンー船木戦をメインに大々的に行われるイベントでアンドレ・ペデネイラスというビッグネームと対戦するというのは出来過ぎだったからです。
須藤元気という格闘家は逆輸入ファイターとしてパンクラスで日本国内デビューして以降、注目度の高い大会での活躍を続けました。
そして、その間、幾多のインタビューを読みながら私は「切れ者のマネージャー」がいるにしろ、いないにしろ、全てのチャンスは須藤元気という人間本人が自ら呼び込んでるのだ、ということを知りました。
「呼び込んでいる」というよりも常に「自分はやれるのだ」と自らに言い聞かせている。
例えば、ホイラー・グレイシーをKOした後には「何年も前に『絶対にホイラーに勝つ』と紙に書いて壁に貼り、毎日、読んで自分を鼓舞してきた」と語りました。
ポジティブな言葉を口にすることによってポジティブなエネルギーが心身に漲る言霊の影響力に留意し、常にポケットにカウンターを入れておいて、自分が「ありがとう」と言う回数を数えて、明日は今日より多くの「ありがとう」を言おうと心がける。
アウェイでの試合前は出来る限り毎日、会場に行き、内部や周囲の空気に慣れる「匂いつけ」を行い精神的ゆとりを構築してホームでの精神状態に近づける。
チャンスは常にポジティブに考え目標を確かに持って邁進する者にはおのずと与えられる。そう考えて実際にポジティブに生きている須藤元気だからこそ幾多のチャンスが与えられてきた、ということです。
2008年に須藤元気は「キャッチャー・イン・ザ・オクタゴン」という本を上梓しましたが、私はセンスのいいタイトルだなと思いつつ特に読みたいとは思いませんでした。
センスがいいと思ったのは「ライ麦畑でつかまえて」(原題:"The Catcher in the Rye")にズバリとハマった元UFCファイターの自伝に相応しいタイトルだからで、特に読みたいと思わなかった理由は二つありました。
ひとつは"the"の発音をカタカナで表現することは無理とはいえ、"The Catcher in the Octagon"のtheは「ザ」ではなく「ジ」だろう、と引っかかったため。
もう一つの理由は私小説ではなくエッセイだろうと勝手に勘違いしたためです。
ユニークで面白かった「ありふれた帰省」というショートフィルムの脚本まで書く須藤元気という才能の、小説をこそ読んでみたかったのです。
そして一週間ぐらい前、銀幕腕十字に頻繁にコメントをくれるケーシーさんという名古屋の格闘技者のブログに、「キャッチャー・イン・ザ・オクタゴンという小説は面白くて一気に読んだ」と書いてあるのを目にして、「そうか、『小説』で『面白い』のか」と私は思い、すぐに書店に買いに行きました。
二軒、まわって在庫がなかったので取り寄せを頼み、結果、私も一気に読みました。
普段、数冊同時進行でしか読書しない私にしては極めて珍しく、スタートからフィニッシュまで他の本を挟まずに一気に読みました。
この本は「須藤元気という元格闘家の青春は、こんな感じだったのだ、きっと」と本人が書いているように、須藤元気をモデルにした青年が高校入学後に友達にビデオで見せてもらったEGFCというUFCをモデルにした格闘技大会を目指し、EGFCに出場するためにレスリング部に入部し、23歳の「総合格闘技でプロ3戦の経験があるフリーター」の時に長年の目標だったEGFCマイアミ大会への出場が決定し、初の海外/初のメジャーでの試合を終えて東京に帰ってくるまでの青春小説です。
マイアミにおけるEGFCのデビッド・キーデイスという選手との試合は、須藤元気にとってUFC初参戦となったロンドンでのLeigh Remedios戦と、アメリカ本土でのUFC初参戦となったマイアミでのDuane Ludwig戦の二試合両方がモデルとなっています。
この本を読んでいて改めて感じるのは、須藤元気という人間が、目標を設定し目標達成に必要なことを時間がかかろうとも初志貫徹して実行してきた、ということ。
そして、才気あふれ、一般人には手の届かない栄光の数々を手にしてきた須藤元気も、かつては、あり余るエネルギーを持て余した普通の高校生だったということ。
しかし、この本には書いてありませんが、引退する時は試合後に突如、リング上で引退宣言を行う、というシナリオを高校時代に既に考えていて、実際にやったというのは、やはりタダモノではありませんね(笑)。
それに「名選手、名監督にあらず」の格言を見事に引っくり返して拓殖大学レスリング部監督就任後、東日本学生リーグ戦優勝に導き、最優秀監督賞を受賞する離れ業も見せています。
高校時代の日本的体育会系の鬱陶しさに嫌気がさして海外に出た須藤元気が日本の大学の運動部をどのように率いて好成績を導き出しているのか、日本中の指導者と選手にとって、かなり興味深いところだと思います。
とりあえず私は滅茶苦茶、興味があります。
辻仁成の監督作品、2002年公開の「目下の恋人」という映画は、杉本哲太目当てでレンタルDVDで観ました。
レンタル屋の検索マシーンで「在庫アリ貸し出し可」を確認してプリントアウトし、むさ苦しい髪型の店員さんに「これ、どこか教えてもらえます?」と渡しました。
そして、その兄ちゃんはDVDを素早く探し当ててスルリと抜き出し、「こちら、めしたの恋人です」と、のたまいました(笑)。
私は心中、「ゲゲ!『めした』なの?『もっか』じゃないの?」と思いっきり恥ずかしくなりました。
実際は作中、何度も「もっかの恋人」という台詞が出て来るので、あの前髪で視界を遮られた、むさ苦しく運動不足の兄ちゃんの読み方が当然、間違っており、私が恥ずかしく感じたこと自体が恥ずかしいのですが、この辺りは本題とは関係ありません(笑)。
作中、ヒロインの井川遥が、いっしょに住んでいるボーイフレンドとは別に男女の関係にある妻子持ちの中年として杉本哲太は登場し、「鳥になりたい男」というキャラクターを演じます。
「バード」という名のそのキャラクターは有精卵を自分の体温で孵そうと常に持ち歩き、町中でも平気で両手を翼に見立ててバサバサと動かし鳥の鳴き声を真似て奇声を上げます。
そしてバードの病弱な妻、川島なお美は「魚になりたい女」です。
この作品を観ながら、ふと気づいたのですが、私は「空を飛びたい/飛べるようになりたい」とか「鳥になりたい」とかいう願望は理解出来るし、自分で思ったことも多分あるし、夢の中で空を飛んだことはしょっちゅうありますが、「魚になりたい」と思ったことは恐らく一度もありません。
「海は母なり」といいますが、魚になりたいという願望は女性的な潜在意識なのでしょうか。
「空を飛ぶ鳥のようになりたい」と想いを巡らす女性は大勢いると思うので女性の場合は海と空、両方に憧れを抱くものなのでしょうか。
それとも、私以外の普通の野郎共は鳥の他に魚になりたいとも想うものなのでしょうか。
天才・宮藤官九郎が脚本を書き、本木克英がメガホンを取った2004年公開の「ドラッグストア・ガール」という映画の主役は田中麗奈ですが、脇を固めるのは東京の端っこの町で「ハッスルドラッグ」という名の大手量販チェーン店の新装開店の影響に怯える商店街の店主達です。
この中年店主達の中心人物が昔ながらの小さな薬局を営む、革ジャン/ジーンズ/リーゼントの柄本明。
このキャラクターは「言葉に厳しいオッサン」ですが実際はただの「難癖つけの偏屈オヤジ」です。
明日までに20枚、描かなきゃならないので「眠くならない風邪薬」を下さい、と来店した漫画家の蛭子能収に語る屁理屈が最高です。
「眠くならない風邪薬なんてもんは、この世の中にありゃしないよ」
「でも明日までに20枚、描かなきゃいけないので眠くなると困るんです」
「ないもんはないんだから、しょうがねえだろう」
「でもホントにボクが眠くなっちゃうと困るんです」
「あ。あんたが眠くならない風邪薬? だったら、そう言いなよ。眠くなったり眠くなくなったりする風邪薬なんか、ありゃしないって話しだよ」
こういう偏屈オヤジ、私、結構、好きです(笑)。シンパシーを感じます(笑)。
歌を歌うことが健康に良いことは一般的に知られています。
精神的にプラスに作用し、ストレス発散の助けになるとともに口を開け顎を動かすことによって脳への血液の巡りが良くなり老化の防止にもなるそうです。
そして私の主観かもしれませんが、カラオケなどで一人ないしはデュエットで歌っている人達よりも、大勢で歌っているChoir/コーラス・グループの一人一人の方が健康に見えます。
2007年公開の平均年齢80歳の"Rock'n'Roll Choir"に密着したアメリカのドキュメント作品、"Young @ Heart"では、何しろメンバー全員が高齢なので撮影期間中に亡くなる人がいて、撮影終了後、一般公開までに亡くなった人もいます。
私は刑務所を表敬訪問しての慰安コンサートのシーンが特に好きです。
メンバーの老人老婆達から伝わってくるのは仲間達といっしょに歌うことが生き甲斐であること、そして聴いてくれる人達に喜んでもらえる喜びによって生かされていることです。
不謹慎な言い方にはならないと思いますが、Young @ Heartの皆さんは、この歌うことと聴いて喜んでもらうことの生き甲斐がなかったら、大半がもっと早く逝っていたのではないでしょうか。
この生き甲斐のおかげで「年金暮らしロッカー」達は映画の公開後、海を越えて日本公演までするにいたります。
彼らのレパートリーは、The Rolling StonesやThe ClashからJames Brownに至る、Rock'n'Roll Classicsで、クラッシュのカヴァーで"Should I Stay, or Should I go?"と歌われると、"You all are welcome to stay as long as you find a big pleasure singing!"と答えたくなります。
私が滅茶苦茶センスがいいなと感動したのは、この映画の日本版オリジナルサイトのロゴで、かの有名なローリング・ストーンズのベロ出しロゴのミックの「唇」を「入れ歯」に替えたもの(笑)。
2001年公開の、ノルウェーの漁村で活動する男性コーラス・グループに密着したドキュメンタリー、"Heftig og begeistret"(英題:"Cool And Crazy")でも、あまりにも他にやることがないとはいえ、メンバー達にとってコーラスの練習は生活の柱でありアクセントであり、生き甲斐です。
娯楽も輝かしい未来も仕事もない寒村での生活で、いかに「みんなと歌うこと」がメンバー達にとって重要かが描かれています。
邦画でも、まずは2008年公開の「歓喜の歌」。
これは立川志の輔の新作落語の映画化作品で、全く仕事にやる気のない市民文化会館の主任、主演の小林薫が大晦日に名前が似ている2つのママさんコーラス・グループをダブルブッキングしてしまい、両グループともに「絶対にキャンセルしない」と言い張って巨大なトラブルに発展していくコメディーです。
この映画でも、メンバーの皆にとって、仲間といっしょに歌を歌うことがどれだけ大切なことかが丁寧に描かれています。
特に生活面で時間的/経済的に余裕がないほどに精神的充実感を得るコーラスの練習は無理をしてでも参加しようというママさん達の姿は心に響きます。
ちなみにダブルブッキングによって敵対することになってしまう2つのグループのリーダーは、
「みたま町コーラスガールズ」が安田成美
「みたまレディースコーラス」が由紀さおり
自分が小林薫の立場に置かれたら、と考えると恐ろしくてしょうがありません(笑)。
ママさんコーラスよりだいぶ若くなって高校生のコーラス部ということになると、2008年公開の「うた魂♪」が感動的でした。
主人公の夏帆に対し、他校のヤンキーコーラス軍団のリーダーが「お前の歌には魂がない! 歌ってのは心をフルチンにして歌うもんだ!」と激しく説教するシーンがあるのですが、そのヤンキー高校生を演じているのは年齢的に苦し過ぎるガレッジセールのゴリです(笑)。
ゴリは要所要所で強烈な存在感を放射しているのですが、海岸でヤンキーコーラス軍団が海パンひとつで、かなり体育会系の歌の練習をしている時、ゴリの上半身には"FULL TEEN"と書かれています。「フルチン」のつもりなのです。素晴らしいセンスです(笑)。
関係ありませんが私のカレンダーによると本日、5月20日という日は何故かは知らないけど「ローマ字の日」。ちなみに仏滅。
ゴスペル方面だと、2005年公開のそのものズバリ"The Gospel"や、スピルバーグの"Color Purple"や、デニス・クエイドの"Great Balls of Fire"や、スティーブ・マーティンの"Leap of Faith"など多くのアメリカ映画でキリスト教会のゴスペル・クワイヤーのシーンを見ることが出来ますが、何といっても私にとって一番、印象に残っている映画の中のゴスペルのシーンは"The Blues Brothers"(もちろん一本目)の"Pastor James Brown"の教会の超絶ゴスペル・エンターテイメントです。
あの場に我が身を置いたら全身くまなく、耳の穴、鼻の穴の内側にいたるまで鳥肌が立つことでしょう(笑)。
NCM2、待ってるぜ。
私は杉本哲太のファンです。
Wikiの出演映画リストを見ると、私が観たことがあるのは主演、助演、カメオを含めて全部で29作品。
どれか一本だけベストを選べと言われれば、私が敬愛する阪本順治監督の「ビリケン」(1996)がブッチギリです。
他にも、同じく阪本順治監督の「傷だらけの天使」(1997)の田舎の骨太な無頼漢や、
山田洋次監督の「ダウンタウンヒーローズ」(1988)の明るく貧しいバンカラ学生や、
それぞれ作品自体がよかったかどうかは別として、
「人間の約束」(1986)の痴呆の進んだ祖父母をあからさまに厄介者扱いする若者や、
「幕末純情伝」(1991)の超・ハマり役の新撰組・土方歳三や、
「目下の恋人」(2002)の自分の体温で有精卵を孵そうとする、鳥になりたい中年男や、
「恋は五・七・五!」(2005)の急造俳句部の顧問となる気弱、極まりない国語教師や、
「劇場版ナニワ金融道」(2005)のド派手開襟シャツと片手に扇子の金融業者や、
「花田少年史」(2006)の自らの死後、残された最愛の妻と息子の幸せを願う海の男や、
「GSワンダーランド」(2008)のレコード会社の中間管理職的ディレクターや、
「おくりびと」(2008)の家族と旧友を思い世間体を気にする凡庸な中流の中年、
なども素晴らしいと思います。
「僕の初恋をキミに捧ぐ」(2009)などは私にとっては杉本哲太が出演していなければ、まず観なかったであろう一本です。
実のところ私は主演の岡田将生という若手二枚目俳優には物凄く期待しているのですが、タイトルがいかにも「世界の中心で愛を叫ぶ」の大成功以降、雨後のタケノコのように湧いて出た、同じような二番煎じリズムの純愛物タイトルの極みなので、岡田将生という存在だけでは観る気になりません。
杉本哲太が出ていると知ったので観ましたが、個人的好みで作品の善し悪しは全く別として(笑)、岡本将生と杉本哲太の二人は素晴らしかった。
今では、いぶし銀のイメージが強く、硬派で無頼な、ならず者から、生徒達に「あのお、お願いですから、もう少し静かにしてくれませんか」と授業中、お願いする意志薄弱な教師を始め何でもこなす、基本的に朴訥としたキャラクターの俳優として日本映画に欠かせない杉本哲太の銀幕デビューは1983年公開の「白蛇抄」です。
これは小柳ルミ子が31歳で眩いばかりの色っぽいオーラに満ちた盛りの時期の主演作で小柳ルミ子の役は訳ありの過去を持つ、若く美しい寺の後妻です。
その寺の住職、すなわち小柳ルミ子の夫は寝たきりの若山富三郎で、将来的に寺を継ぐことになる十代の終わりの若き修行僧、若山富三郎の一人息子が杉本哲太。
デビュー作でありながらクレジット2番目か3番目だったはずで、大御所・若山富三郎に臆することなく、役に忠実にただの老いぼれ扱いしています(笑)。
杉本哲太は頭は当然、スキンヘッドで袈裟も似合う、いっぱしの若い坊さんの風情ですが若さ故に煩悩だらけで普段はモトクロッサーを乗り回しており、若く美しい継母、小柳ルミ子への滾る想いを抑えることが出来ません。
そして二人は深い仲となります。
とにかく「好きや! 好きなんや!」のゴリ押しの若さを、後先、考えない迸るエネルギーでもって熱演しています。
杉本哲太はもともと、懐かしの横浜銀蝿ファミリーとして芸能界デビューし、嶋大輔とともに八千草薫主演の「茜さんのお弁当」というテレビドラマに不良少年役でレギュラー出演してから広く知られるようになった、要は「ヤンキー・キャラ」です。
そして、リーゼントが売り物だったヤンキー・キャラの杉本哲太が頭を剃り上げて挑んだ銀幕デビューが坊さん役。
私は「白蛇抄」を観たのはリアルタイムではなく私自身が中年になってからですが、撮影当時、17か18歳だったリーゼントのヤンキー兄ちゃんが、ある意味、命の次ぐらいに大事だったかもしれない(笑)髪をバッサリ切って、役作りで頭を剃り上げた、というところに物凄く惹かれました。
私は常々、役の為に丸坊主に出来るのは男性俳優として最低条件だと思っており、長めのスポーツ刈り程度で兵士役のお茶を濁す役者は心の底から「馬鹿じゃねえの!」と思うタチなので、「やっぱ、杉本哲太はデビューからモノが違うね」と感嘆しました。
私は「ハルフウェイ」という映画は私が敬愛する岩井俊二監督がメガホンを取った作品だと思って観たのですが、岩井監督はプロデューサーの一人であって監督は北川悦吏子(きたがわえりこ)という人でした。
私はテレビドラマは日米ともに滅多に見ないので疎いのですが、この北川悦吏子という人は超・売れっ子のテレビドラマの脚本家で「ハルフウェイ」が監督デビューだったそうです。
これまでに手がけたテレビドラマの脚本一覧を見ると見事に一本も私は見ていませんが(笑)、私でも知っている一番、有名なところでは豊川悦司を世に送り出した「愛していると言ってくれ」ではないでしょうか。
「ハルフウェイ」は岩井俊二がプロデュースしているだけあって作風が似ています。
どう似てるかというと、ひとつには「登場人物全員に対して好感を持てるところ」。
岩井俊二作品はただ一つの例外、一人二役の中山美穂と豊川悦司主演の「Love Letter」の北海道小樽サイドの中山美穂の中学生時代(酒井美紀)の「藤井樹(いつき)」という同姓同名の男子クラスメート以外は本当に登場人物全員に好感が持てます。
あの中学生男子だけは私、ダメ(笑)。
もうひとつは、映画というのは自主制作の超低予算作品でない限り、二十代半ば以上の大人が作るものなのですが、10代の男女の考え方と喋り方をどうしてここまでリアルに再現できるのだろう、というところ。
言い換えれば、自分がティーンエイジャーだった頃の気持ちを忘れていないということで、これはなかなか出来ることではないと思います。
逆にいえば、「〜〜に繰り出そうぜ」とか「俺たち、仲間じゃないか」などのsuper unrealisticな台詞を耳にすると、そういう非現実的な語り口の脚本しか書けない連中の作品は二度と見まい、と思います。
「ハルフウェイ」の制作に当たっては高校生の恋愛をリアルに描くために元々あった台詞つきの台本を殆ど使わず、現役のティーンエイジャーである主演二人のアドリブで喋らせて撮影したそうです。
そういう思いきった任せ方も、なかなか出来るものではないでしょう。
「ハルフウェイ」の中で、登場人物に対する好感というところで言うと、私が生理的に受け付けない、どうにも嫌いな俳優が二人、出ているのですが、その二人にすらも大いなる好感を抱いてしまいました(笑)。驚いちったよ(笑)。
舞台は北海道の地方都市で、高校生活の終盤に進路の関係で遠距離恋愛を強いられることになるかもしれない恋人二人がどう対処していくかという、ある意味、世界中に転がっている普遍のテーマを扱っていますが、主演の恋人二人を演じる岡田将生と北乃きいという女の子がどれだけ絶賛しても褒め切れないほどに素晴らしく、役者の飾らない素晴らしさと素材の持ち味をシンプルに引き出しきって見せる料理人の素朴な傑作を見るようです。
女子がスネて男子が困るのは本当にこんなカンジだよな、とか、男子が決めかねて女子がエールを送るのはこんなカンジだよな、とか、男子がはぐらかして女子が甘えるのはこんなカンジだよな、とか、本当にリアルで、高校時代の約1000日間、ひたすら勉強か部活だけしていた人以外の全ての人が大喝采を送る傑作だと私は思います。
「ハルフウェイ」というタイトルも非の打ちどころのない完璧さですが、その成り立ちのシーンも主演の二人が本当に素晴らしくキラキラと輝いており、私などは「これでなんか美味いもん、食ってきな」と小遣いをやりたくなってしまいました(笑)。
映画監督としてデビューして以降の岩井俊二がそうであるように、北川監督にもこれからは出来る限り映画中心で活動してほしいと願います。
才能あるクリエイターはすべからくテレビから映画のほうに来てほしい。
私の高校時代の現代国語の先生が授業中に言った「複数の本を同時進行で読むことは脳を鍛えることになる」という一文は私に多大なる影響を及ぼし、かれこれ25年近く経った現在、一冊の本を読み始まって読み終えるまでに他の本を一切、読まない、ということは私の場合、ほぼ100%ありません。
少なくとも二冊、つい昨日までは五冊の日本の文庫本を同時進行で読んでいました。
といっても熱心に交互に読んでいる訳ではなく、読み散らかして放っぽらかしておいて、また戻る、というカンジのヤツもあるので、一番、長い一冊は軽く半年以上の放任本です。
昨日、二冊、読み終わったので残るは三冊ですが、残りの三冊を読み終える前に4、5冊は読み終えてしまう気がしています。
さて、昨日、読み終えた二本の小説ですが、どちらも今年中に公開が決まっている邦画の原作です。
ひとつは吉田修一という人の「悪人」。もうひとつは咲乃月音(さくのつきね)という人の「さくら色 オカンの嫁入り」。
二人とも私にとっては初めて読む作家で、二人とも私と同世代です。
吉田修一という人は1968年、長崎県生まれで、咲乃月音という人は1967年、大阪生まれ。
どちらの作品も作者のバックグラウンドが反映されており、「悪人」は九州北部の大都市から寂れた町までを線で結ぶ、「悪人とは一体、どんな人間のことを言うのか」を問う、殺人犯人の逃避行の話しで、「さくら色 オカンの嫁入り」は「じゃりん子チエ」以上にコテコテの大阪弁文学です。
どちらも今年の秋公開です。両方とも物凄く力に満ちた読み応えある小説だったので劇場に足を運ぶのが楽しみです。
どちらの文庫本も映画化の際の主演俳優の写真付き帯で装幀されており、当然ながら、この帯が私が書店で手に取ったキッカケです。
「悪人」は上下巻ですが上巻の写真が、父親を知らず幼い頃に母親に捨てられ祖父母に育てられた無口な青年、妻夫木聡で、下巻は主人公と携帯の出会い系サイトで知り合い人生を賭した恋に落ちる深津絵里。
「さくら色 オカンの嫁入り」は、二十歳での結婚のすぐ後、妊娠の事実すら知らないうちに夫に先立たれた母に育てられ、家事一切の出来ない母を支える一人娘を宮崎あおい、ある晩、酔っ払って「お土産があるぞい」と、かなり年下の再婚内定の相手を連れ帰る母を大竹しのぶが演じます。
監督は「悪人」が李相日。日本映画学校の卒業制作作品を除くこれまでの4作中、私は「69 sixty nine」、「スクラップ・ヘブン」、「フラガール」の三本を観ています。期待できます。
「さくら色 オカンの嫁入り」は呉美保の監督二作目。デビュー作は「酒井家のしあわせ」で、これもかなり面白い映画でした。期待できます。
今の時代、他のキャストも、その気になれば調べられるのですが、私は敢えて調べません。
妻夫木聡を育てた苦労人のおばあちゃんや、ストーリーの中核を成す殺人事件の被害者の若い女性の両親や、オカンが連れ帰った明るく優しく単純なリーゼントの板前さんや、オカンと娘を支えてきた大家さんのオバちゃんなどを誰が演じるのだろう、と楽しく予想しながら待ちたいと思います。
「同時上映」というものを最後に体験したのはいつだったろうと考え込みました。
私は1987年7月のアメリカ生活スタート以前、渡米前最後に観た映画は「微熱少年」と「あいつに恋して」という作品の同時上映です。
「微熱少年」は日本初のサウンドトラック・アルバムが発売されたと紹介された、基本的に作詞家/ドラマーである松本隆が現在までに一本だけメガホンを取った自伝映画で主題歌はレベッカの"MONOTONE BOY"。
主演は斉藤由貴の弟の斉藤隆治の銀幕デビュー。
「あいつに恋して」は主演が風見慎吾でヒロインが、オーディション合格からの銀幕デビューとなる森高千里です。
これが私にとっての最後の同時上映ではなかったかと最初は思ったのですが、大事なのを忘れていました。
私が愛してやまぬ「男はつらいよ」を唯一、劇場で観た、1992年の終わりか、年明けの「男はつらいよ 寅次郎の青春」と「釣りバカ日誌5」です。
これが私にとっての最後の同時上映だったと思います。
現在、日本映画は「Always 三丁目の夕日」の大成功以来の昭和30年代レトロ物の流行りが続いていますが、その中の一本、2005年公開の佐々部清監督作品、「カーテンコール」は山口県下関市の映画館が舞台となっています。
その映画館の看板には昭和三十年代の日本映画黄金期以降の様々なマッチングの同時上映のポスター二枚が貼られるのですが、昭和44年のシーンの同時上映が豪華、極まりないのです。
「男はつらいよ」シリーズ二作目の「続・男はつらいよ」と、唐獅子牡丹シリーズの一本目「昭和残侠伝」!
寅さんと健さん!!!
実はこの二本の公開年は違うのですが、そんな細かいことは言いますまい。
これはもう、「いっちょ、たしんを喜ばしてやんな」と天上の神が映画館主にアドバイスしたかのような奇跡のマッチングです。
これで幕間にクリームソーダと来たら人目をはばからず泣くかもしんねえな(笑)。
興味深いデータを目にしました。
日本全土の人口と映画館の数の割合というのは100万人あたり14.2館なのだそうですが、都道府県別に数字を出すと圧倒的一位は福岡県で100万人に対して33.2館だそうです。
2.3倍以上。
ということは恐らくアメリカ式郊外型のショッピング・モール隣接タイプだけでなしに、昭和が匂い立つような個人経営の箱も奮闘して数多く残っているのでしょう。
私の地元の栃木県の人口/映画館の比率はということになると、ちょっと分かりませんが、宇都宮で言えば、私が知る限りでは、昔ながらの箱は軒並み建て替えられて姿を消し、現在、残っているのは3館だけ。
これに郊外型のデカイ箱が二つで計5館ではないでしょうか。
宇都宮の人口は2010年4月1日の時点で508,775人なので単純に計算すると100万人に対しては10館。
栃木県全体でならしてみると、人口が同じく2010年4月1日の時点で2,005,134人なので、県内の宇都宮以外の土地に計15館あったとして、100万人に対して10館。
おそらく100万人あたり10館にはならないのではないでしょうか。
もしかしたら都道府県別で最低の数字が出るかもしれません。
数年前、お隣の鹿沼市から来た親戚一家が、せっかくだから映画を観ていく、という話しになったのですが、実のところ、どうも鹿沼市には現在、映画館は存在しないようです。
実際、世代に関わらず、私の周りの友人知人は一年に一回も映画館に行かない連中が殆どです。
福岡に行くと映画の話しで盛り上がる人達がいっぱい、いるということでしょうか。
ならば福岡弁の映画好きの連中と一献、傾けるのも相当、楽しいことでしょう。
それと映画館の数が多い土地においてレンタルDVD屋の数が比例するのか反比例するのかも非常に気になります。
最近の日本の映画館では映画の本編が終わってエンドロールが全て出尽くし、照明がつくまで席を立たない人がかなりいます。
"The Hangover"のようにエンドロールが流れている間にもストーリーが継続する映画や、ジャッキー・チェンの映画恒例のメイキングが挿入されている作品なら最後まで観るのは当然ですが、背景・真っ黒のエンドロールのみになってからも最後まで座っている人達が実に多くいます。
八割以上はそのタイプでしょう。少なくともアメリカよりは圧倒的に多くの人が最後の最後まで見ています。
これはキャスト&スタッフのクレジットを見ているというよりも、エンドロール終了の後に何がしかの映像が出てくるのを知ってか知らずか期待して待っているということでしょう。
古くは"Ferris Bueller's Day Off"や、最近では「20世紀少年」のようにエンドロールが出尽くした後に見逃すべきではない映像が挿入されている作品がたまにありますが、最近では、その手の作品は映画館や作品のホームページに「最後の最後まで見るべし」と告知がされていることが多いようです。
映画好きのブログでは「映画というものは館内が明るくなるまで席を立つものではない」と書いている人も多く、私のようにエンドロールの途中で席を立つのはマナー違反である、と考えている人も結構いるようです。
先日、Martin Scorsese監督の最新作、Leonardo DiCaprio主演の"Shutter Island"を観てきたのですが、上映前、御丁寧にvisual illusionの図解まで使って作った「これからシャッター・アイランドを観る皆様へ」という短い映像が出て来て、要約すると「とにかく最後の最後まで観ること。そして、その衝撃をまだ観てない人には絶対に喋らないこと」というご大層な文句の告知をしました。
そこまで言われれば当然、最後まで観ます。スコセージとディカプリオの大作ですからエンドロールも長いのですが我慢して座ってました。
そして何も出て来ませんでした。何も出て来ないまま、館内が明るくなりました。
頭に来ました(笑)。
私はクリームソーダが大好きです。
明日、世界が終わるか自分が死ぬという状況での最後の晩餐で何を食べるかと訊かれればカツカレー、ワンドリンク付けてもらえるならクリームソーダです。
普段はビール以外の炭酸飲料は全く口にせず、果汁100%のジュース以外の甘い飲み物を飲むこともまずないのですが、ごくたまに「今日は良し」という、カロリー消費量や自分への褒美の要素を吟味しての判断でクリームソーダをオーダーします。
恐らく傍から見れば満面笑顔でしょう(笑)。
クリームソーダというのは当然ながらメロン・コンクを炭酸水で割ったメロンソーダにバニラアイスを浮かべてチェリーを添えたものです。
しかし、最近は見ませんがチェリーコンクで作った「赤いクリームソーダ」というものもあり、あれは実にけしからんシロモノです。
クリームソーダというのは、美味しさもさることながら緑と白と赤のヴィジュアルの魅力というのも重要で、ソーダの部分が赤では美しさが成り立ちません。
ちなみにブルースカイ・コンクで作る青いヤツはクリームソーダではなく、大抵、ブルースカイ・フロートないしはブルーハワイ・フロートと呼ばれます。
私はかなりの景山民夫ファンで、小説もエッセイも相当数、読んだのですが、「トラブルバスター」という短編シリーズの主役、宇賀神邦彦に大いなるシンパシーを感じます。
これはハードボイルド・コメディーという塩梅のシリーズで、主役・宇賀神はガラが悪く図体がデカくてプロレス・ファンの中年という、どこかで聞いたようなキャラクターです(笑)。
時代的には新生UWFの武道館大会のチケットにつられて仕事を引き受ける、という80年代の最後の頃。
この宇賀神邦彦は私の記憶では身長183センチの体重84キロで数字としては現在の私より数キロ重いだけで、ほぼ同体型です。
この中年が大のクリームソーダ好きで(笑)、エピソードごとに必ずクリームソーダをオーダーします。
もう、いつでもどこでも必ずクリームソーダ。
そしてオーダーの際に毎回、必ず店員さんに告げる台詞というのがあって、それは、
「シロップは緑色のヤツにしてくれ。赤いシロップのクリームソーダは女子供の飲むもんだ」。
嗚呼、なんてファンタスティックな台詞(笑)!
私も一度、言ってみたい(笑)。
アメリカにはクリームソーダはないので、日本を舞台にした作品でもない限り洋画にクリームソーダが出現することはありません。
邦画の中で一番、美味しそうなクリームソーダが出てくるのは「ラッシュライフ」という映画。
この映画がおもしろいかどうかは置いといて、作中、昭和の色濃い喫茶店で「いつもので、よろしいですか」と常連客・堺雅人に運ばれるクリームソーダが実にgreat lookingです(笑)。
まず、緑が濃い。そして、ここが非常に重要なところなのですが、バニラアイスが日本の一般的セコ小さいスクープよりも一回り大きいのです。
あれなら私でも宇賀神邦彦でも満足です(笑)。
竹中直人主演の「僕らのワンダフルデイズ」がDVDリリースになったので、速攻、借りて観ました。
簡単に言ってしまえば竹中直人出演作の最高峰です。
ぜひぜひ、観てください。
アメリカでは、そのうち、「テレビJAPANシネマシアター」あたりでかかりそうな気がします。
竹中直人という人は硬軟、織り交ぜて、ありとあらゆるタイプの映画に出演しており主演、助演、カメオの幅も広いのですが、私個人としては、周防正行監督の「ファンシイダンス」、「シコふんじゃった。」、「Shall we ダンス?」や、矢口史靖監督の「ウォーターボーイズ」、「スウィングガールズ」などの、「竹中直人の竹中直人たるコメディー」が一番、好きです。
同意見の人はかなり多いと思います。
しかしながら純然たるコメディーで竹中直人主演の作品というのは実は殆ど存在せず、「僕らのワンダフルデイズ」は貴重な新境地と言えます。
どういう話かというと、大したことはない入院先で主治医が末期癌の患者について話しているのを竹中直人が立ち聞きしてしまい、自分のことだと勘違いして余命はもって、あと半年と思い込み、悲観に暮れて鬱の日々を送っている時に高校生の息子の文化祭でバンド演奏を見て自らの高校時代の文化祭バンドを思い出し、残り少ない日々をかつての仲間と再結成したバンドで中高年対象のバンド・コンテストに賭ける、というものです。
突然、自分はもうすぐ死ぬ、と思い込んでしまった人間ですから感情の起伏が激しく、悲しみ、絶望し、生き甲斐を見つけ、張り切りまくり、、、と忙しいこと、この上ないのですが、とにかく作中、竹中直人は泣いて泣いて泣きまくります。
しかし、勘違いの悲劇の上での泣き崩れっぷりなので、泣けば泣くほど滅茶苦茶おもしろく、勘違いを増幅させる仕掛けの数々も最高です(笑)。
竹中直人は「泣きのコメディー」の達人です(笑)。
私はバンドものの映画がクライマックスに用意された、いわゆるコンテストに向かって進んでいくプロットというのは、あまりに典型的で安直で、正直、決して好きではないのですが、これだけ笑わせてくれれば問題ありません。
そして竹中直人のバンド仲間のオッサンの奥さん役の紺野美沙子の美しさには参りましたね、私は(笑)。
2003年公開の森田芳光監督作品、「阿修羅のごとく」で仲代達矢の年の離れた不倫相手を演じた時よりも更に美しくなっていらっしゃる。
私は、この人は天寿を全うする、その時まで、ずっと綺麗であらせられるのだろうな、と思いました。
ほか弁チェーンのHotto Mottoに「おにぎりサンド」という商品があります。
トマト&ハンバーグ、北海道コロッケ、ポークたまご、えびタル、の4種類なのですが、これは畳半畳の焼き海苔(細巻きの巻き寿司一本分=太巻きの一畳の半分)に、まんべんなく薄くご飯を敷いて、長方形の長い方を真ん中で半分に折って獅子舞の口のようなカタチで具を挟む、というものです。
なるほど、これが「おにぎりサンド」、と妙に納得する商品です。
しかし!
岩井俊二監督が監督、脚本、プロデュースに加え、音楽までやっている、登場人物全員やたらと魅力的な2004年度公開作品、「花とアリス」に登場する「おにぎりサンド」は趣きがガラリと違います。
高校一年生の蒼井優の手によるお弁当が「おにぎりサンド」。
これは、普通の三角おにぎりを三角形に切った食パン2枚で挟むという超絶ハイカーボ食品(笑)。
おにぎりと食パンの間にはマヨネーズで和えた乱切りゆで卵も見てとれます。
これを食べた高校の先輩男子の感想がまたイカしてます。
「これ、牛乳と味噌汁、両方ほしくなるね」(笑)。
時代を演出する小道具の第五回は「女性の眉毛」です。
最近の女性の眉のカタチというのは、とにかく細いのが流行りのようで、「ナニユエにそこまで?」と内心、呟いてしまうほど細く整えられた女性の眉毛をちょくちょく目にしますが、私は十代の多感な(笑)日々を今に比べて女性の眉毛がずっと太かった80’sに送ったので、どうも眉毛の太い女性に魅力を感じるというか、凄く細い眉の女性に魅力を感じないというかで、あまりに細く整えられた眉毛の女性を見ると単純に「もったいない」と感じます(笑)。
80'sには、ブルック・シールズや石原真理子のような眉毛の太い美人がいましたが、世間一般の女性達の眉も今よりは確実に太かったし、薄い人も普通の人も太めに描いていた筈です。
当時は小泉今日子や薬師丸ひろ子や原田知世など、みんな、現在よりも確実に眉毛が太かった。
少し前に1986年公開の「めぞん一刻」をDVDで観た時、登場人物の髪型やスーツのシルエットなど当時を偲ばせる色々なものが目につきましたが、一番、80’を感じたのは石原真理子の眉毛でした。
2007年公開の「バブルへGO!!」という映画で母・薬師丸ひろ子と娘・広末涼子が日本経済を救うためにバブル崩壊前夜の1990年3月にタイムトラベルします。
そして、広末涼子の前に登場するのが、バブルの象徴、「ボディコン/ソバージュ/太い眉毛」で武装した吹石一恵。
このバブル景気の時代を演出する三つの小道具の中で一番、激しく広末涼子が反応するのが眉毛。
目を見開いて、「濃お!」と叫びます(笑)。
余談ですが、先日、運転中に聴いてたラジオで読み上げられたリスナーからのメール(確か、葉書じゃなかったと思う)には知り合いのオバさんのことが書かれており、そのオバさんはソバージュで、ソバージュにしている理由を訊かれると、「私は色々といい思いをしたバブルの頃にソバージュだったの! ソバージュにしてれば、またいい思いが出来るようになんの!」と答えるそうです。
この人は私より少し年上だな(笑)。
考えてみれば、ケラリーノ・サンドロビッチが自身のルーツである1980年という年を描いた「1980」(イチキューハチマル)というデビュー作でも、メインの三姉妹のうち、長女の犬山イヌコは別としても、主役の二人、次女のともさかりえと三女の蒼井優は比較的眉毛が濃い女優であると言えるでしょう。
2007年公開の「あしたの私のつくりかた」という当時、15歳の成海璃子主演の映画を観た時、太めの眉というのは決して魅力的でない訳ではないので、これから先、意図的に細く整えたりしないでほしいものだ、と大きなお世話で思ったのですが、半分以上、観たところで母親役の石原真理子も眉が太いことに気付き、キャスティングの妙に驚きました。
しかも父親役が石原良純なのです(笑)。
これから十年ぐらい経って、Jennifer Connellyや、Keira Knightleyの眉毛が細くなってたら、私、ちょいとショックを受けると思います。
「迸る」は「ほとばしる」と読みます。
友人関係というのは、どれだけ付き合いが長くても、どれだけ頻繁に顔を合わせていたにしても、会う度に聞いたことのない新しいネタが出てきます。
それが自分の年齢の半分以下の頃の遠い昔の学生時代のことであったとしても「えー!そんなこと、あったの!?」というネタが毎回、出て来るものです。
という訳で、先週、高校二、三年と同じクラスだった友人二人と三人で飲んだ時の話し。
メンバーは高校二年の時の文化祭出品作品映画、「異邦人」の上映会をやることが決まった時と同じです。
一人は高校時代、全部で三本の映画の脚本・監督、そして当然ながら撮影・編集を手がけたN君、もう一人は私とともに出演側だったH君です。
この「異邦人」という作品は高校二年の文化祭のために制作・発表された映画ですが、この当時、私はラグビー部、N君は剣道部所属でした。
私はこの文化祭プロジェクトの撮影のためにラグビー部の練習に穴を開けた記憶はないのですが、N君にとってはあらゆる技術過程の他に、クラスメート達の部活動その他の予定を考慮に入れた放課後の撮影日程のスケジュール割りをする「プロダクション・マネージメント」(笑)までやらなきゃいけない「千手観音仕事」でしたから剣道部の練習を休ませてもらうこともあったようです。
高校二年というのは当然ながら先輩も後輩もいる訳ですが私とN君の違いというのは文化祭準備期間の二学期前半に、特に強豪ではないラグビー部の私の一つ上の先輩達は花園を目指して最後の大会まで残ることなく、全員、引退していたのに対し、剣道部は全員、まだ現役だったこと。
こうなると、剣道部三年はN君に対して「文化祭だか映画だか知らないが練習をサボって、うつつを抜かすとはけしからん」という態度を取ります。
そしてN君は「そんなものは即刻、やめて、きちんと毎日、練習に顔を出せ」と毎日、命令され、練習に参加すれば「まだ、やめていないのか」とシゴキを受ける受難の日々を送っていたそうです。
しかし、ホームルームで文化祭のクラスの出し物を何にするかが話し合われた時、真っ先に挙手して映画を作りたいと立候補し「みなさん、協力してください」と頭を下げ、皆の賛同を得て、全面的にN君の責任で船出した一大プロジェクトですから、「分かりました、やめます」という訳には行きません(笑)。
ここで仮にN君が「実は剣道部の先輩達に言われて、、、、」と申し立てて途中でやめていたら、気の毒なことで気持ちは分かるとはいえ、我々のN君を見る目は冷ややかなものとなっていたことでしょう(笑)。
この辺の苦労を準主役(笑)の私が聞かされていなかった訳ですから、N君が熱意とともに内包していたのは物凄い精神力だと思います。実際、よく体力が持ったものです。毎日、寝れる限りは爆睡していたことでしょう。
そして度重なる「即刻、取りやめ勧告」に従わないN君に対し、三年部員達は遂に愚の骨頂の強硬手段に出ます。
それは剣道部の練習を一時、中断して稽古着のまま三年のみならず烏合の衆よろしく部員全員を引き連れて撮影現場に乗り込み腕ずくで撮影そのものを潰してしまおう、というもの。
そういうロクでもないことを考えつく馬鹿というと、俺らの一つ上の剣道部って、どんなのがいたっけ?と首を捻って思い出してみたところ、いました、いました(笑)、文化祭の時に他校の不良少年君に自分から喧嘩を売っておいて結果的にフェンスをよじ登って逃げる、という離れ業(笑)をやっちゃった、どうしようもないのが。
あの馬鹿の後輩として精神的圧迫を受けていたとなればN君にとってはかなりの災難です。
そして、その烏合の衆が撮影に乗り込んで来たのはクライマックスの撮影まっただ中でした。
この最後のクライマックスというのは主人公とヒロインふたりだけが登場するシーンなので私は恐らくラグビー部の練習中だったと思います。
このシーンは二人の制服のワイシャツ/ブラウスが血糊で思いっきりオシャカになるので多分、順撮りで、いわば撮影最終日だったと思います。
このシーンは結核で吐血して息を引き取った主人公の傍らでヒロインが自らも首をかっさばいて血みどろで果てる、という「これ、ホントに高校生の映画か?」的・凄まじさ(笑)で、剣道部軍団が基本的に竹刀、中には木刀持参もいる臨戦態勢でゾロゾロと現れた時は、ヒロインの首から血糊が噴出する仕掛けが準備オーケー、今まさにヒロインが首かっ切らん、というところだったそうです。
剣道部の連中が現れたことに関してはN君は100%黙殺してカメラを回し続け、ヒロインは血まみれとなって熱演し、剣道部軍団はヒロインが発するタダナラヌ迫力と、N君が発する、燃えたぎって迸る熱意のオーラに気圧されて無言でゾロゾロと去って行き、その後、この件に関してN君にぐだぐだと言うことはなかったそうです。
まさにN君の作風のような昭和・大映テレビ制作なみのクサさ(笑)ですが昭和60年の秋に実際にあったことです。
それと、この話しを初めて知った先週の晩、「えー!? そんなもん持ってんの!?」と私が心の底から驚き、次回での借用を約束したのがビデオテープ。
我々が在学中、甲子園に出場した野球部を応援に行った時、勝利に歓喜し、繰り返し飛び跳ねて大騒ぎしている私をNHKがズームインした画像が入っているビデオ(笑)。
タイトル通り、再び成り行きでインターネット・ラジオの動画放送の生出演が決まってしまいました。
先週の放送のアクセス数、特に再放送(「過去の放送」のクリック数)が通常と比べ物にならない膨大さだったそうで、まさかの二週連チャンです。
前回は私の事前の説明不足により、「ライブでのチャット参加がありだと知ってれば生放送で見たのに」という意見も頂きましたので、今回は皆さん、バンバン、入ってきて下さい。私のダチの顔ぶれ/プロフィールは実に多彩なのでダチの紹介をしてるだけでも番組が成り立ってしまうと思います(笑)。
生放送開始は日本時間のアントニオ猪木引退の日、並びにミュージシャン・中村絵美の誕生日、4月4日の夜10:00です。ホームページ/ブログをお持ちの方はバンバン、宣伝しちゃって頂ければ、これ幸い(笑)。
↓ここへLet's Go! 番組名は「コロコロ・トーキング」。
追記:
残念なお知らせです。今夜のコロコロ・トーキングは番組枠一時間の最後の最後の一分間で生じた極めて不運なシステム・トラブルにより、収録が全て飛んでしまいました。
よって「過去の放送」から見ることが出来ません。申し訳ないです。生放送に参加してくださった皆さんにとってはレアな一回こっきりとなりました。
代わりに急遽、一時間、別の内容で撮り直したものがアップになりますが動画ではありません。普通のラジオです。
途中、もう一人のゲストの歌のところだけ殆ど静止画に近い状態で画が出ます。
内容は全く違うので私のフィラデルフィア、ニューヨーク、シカゴ、サンディエゴ、アマリロ、のネタは一切、出ません。
しかし、後半の歌、特に即興のコーナーで異質の盛り上がりを見せ、「銀幕腕十字」常連では、「Kazuの歌」、そして、「シカゴの大学教授の歌」、というのも登場するので、お時間があれば、聞いたってください。
2002年公開の「ミスタールーキー」という映画は阪神タイガースの本拠地、阪神甲子園球場を舞台にした長島一茂主演の映画です。
長島一茂は大手ビール会社の大阪支社赴任中の身でありながら、家族にも黙って、本職の妨げにならない「甲子園球場限定のリリーフ」として、虎のマスクを被って押さえで投げている「ホームゲームの守護神」です。
一般的に考えれば、かなり荒唐無稽な話しなのですが、なんのかので終盤、かなり盛り上がるので、これから観る人は、ここから先は読まないで下さい。
バレバレのネタバレで「マジかよ!?」なサプライズを台無しにしてしまうでしょう。
まあ、阪神ファンは当然の如く既に観ているか、後述の理由による反発で観ていないかのどちらかだと思います。
阪神の優勝が懸かった最後の試合のクライマックスで監督が代打を告げます。
しかし、選手もファンも実況席も、「代打なんて、もう誰もいないだろう」と訝り騒然とします。
そこで監督が「一人おんねん。もう一人のミスターや」と告げて登場するのが何と何と「史上最強の助っ人」、バース!
その昔、巨人に所属していた助っ人外国人投手が後に「バースにストライクを投げると一球につき100万円の罰金を取られた」とバラしたほどの超・強打者!
監督は誇らしげに言います。「一発契約や」。
球場で観戦している長嶋一茂/ミスタールーキーの一人息子が母親/鶴田真由に「あれ、誰?」と訊くと鶴田真由は、その息子が生まれるずっと前、阪神が優勝した年に四番を打ってた人よ、と答えます。
Wikiによると、このスペシャル・サプライズは当初、バースではなく掛布で計画されたのだそうです。
しかし、元・巨人の長嶋一茂や他の他球団の選手が阪神のユニフォームを着ることに掛布が反発し出演を辞退したので、代打がバースに決定。
そして1985年の阪神日本一の年にバースは通常、三番を打っていたにも関わらず台詞は「四番」が引き続き採用されたのだそうです。
この阪神日本一の1985年というのは、私は高校二年だったのですが、一学期の終わり頃に、一つ上の学年の授業中、一人の教師が「絶対にあり得ないことだけど、もしも阪神が日本一になったら俺の受け持ちの授業すべてで追試なしの赤点なしにする」と宣言しました。
この手の宣言で「赤点なし」などというのは、はなはだショボい公約なのですが(笑)、あっと言う間に広まり、「言ったからには守れよ」という雰囲気が、その先生の周りには常に漂いました(笑)。
何人の生徒がその公約の恩恵を受けたか分かりませんが私にとっては阪神優勝という言葉はあの先生に直結します。
バースは引退後、故郷のオクラホマにずっと住んでいますが、オクラホマに住んでいた日本人から聞いた話しでは、バースは一時期、私生活のトラブルなどで精神的にかなりキツい時期があり、オクラホマの田舎の唯一の日本食レストランに、チヤホヤしてくれる日本人とお酒を飲んで癒されたいがためにちょくちょく一人で顔を出していたそうです。
その話しが私にとって印象深いので、「ミスタールーキー」に突如、登場したバースがホームランをかっ飛ばした時、不覚にも泣いちったよ(笑)。
歴史上、日本人が最も頻繁に映画館に足を運んだ年が昭和33年だったことは書きましたが、この年、三船敏郎は6本の映画に出演しています。
このうち二本は日本映画全盛期の象徴と言っても過言ではない「無法松の一生」と「隠し砦の三悪人」であり、それぞれがヴェネチアとベルリンの賞を獲得しています。
この時点で日本国内のみならず海外の映画ファンにも顔と名前が知られるようになっていたということで、同業で言えば、スピルバーグ、ルーカス、マーロン・ブランド、アラン・ドロンなどがToshiro Mihuneへのリスペクトを募らせています。
私は観ていないのですが、1994年公開の"Shadow of Wolves"という映画では、「ミフネが出る」と聞いただけでドナルド・サザランドが脚本も読まずに主演を快諾したといいます。
三船敏郎の死後、発表された"Mihune"というデンマーク映画までありますから国際的認知度はハンパじゃありません。
同世代の鶴田浩二との国際的認知度の違いは日本映画の素晴らしさを放出するアメリカ公開作品、特に黒澤明作品への出演本数の違いが大きいと思います。
大体、三船敏郎が亡くなった時、フランスとイタリアの国営放送テレビはトップニュースで取り上げたほどです。
そんな人、他にいる(笑)? いないでしょ。
三船敏郎が演じた幾多の役の中で、プライベートの人間・三船に一番、近いのは「七人の侍」の菊千代だと言われており、私もあの役こそが一番のハマり役だったと思うのですが、個人的に一番、好きなのは「無法松の一生」の無法松です。
ジョージ・ルーカスが憧れの三船敏郎に"Star Wars"のダース・ベイダー役で出演を依頼し、三船が断ったことは有名ですが、ルーカスは再度、アナキン・スカイウォーカー役でも依頼しており、これも断られています。
そして私は「えー!」と驚いたのですが、1984年公開の大ヒット映画、"Karate Kid"の出演オファーもあったのだそうです。
あれはKarateという単語をアメリカに決定的に根付かせた、大袈裟ではなく「国籍に関わらず同世代の友人全員が観たことがある」というメガヒット作品です。
"Wax on, Wax off"などは大袈裟ではなく銀幕の歴史上、最も有名な台詞かもしれません(笑)。
あの"Karate Kid"でパット・モリタが演じた「ミスター・ミヤギ」(No, no, not Mr. Miyaji. Miyagi.)役のオファーがあったのだそうです。
作中の色々なシーンを思い出して三船敏郎に置き換えてみると実に楽しい(笑)。
「世界のミフネ」は、かなりの数の外国映画に出演しましたが、実際に出た作品より辞退した作品の方が圧倒的に多かったほど晩年までオファーが続いたそうです。
三船敏郎が外国映画への出演を決める際の条件はいくつもありましたが、筆頭は「日本人を茶化さない」だったそうです。
その「世界のミフネ」のデビュー作はというと1947年/昭和22年の「銀嶺の果て」で、いきなり主演(!)です。
元々の三船の映画界入りのキッカケというのは太平洋戦争中の先輩兵の誘いです。
三船は満州において司令部偵察機で航空写真を撮影したり、日本国内で出撃前の特攻兵の遺影を生前に撮る任務についていた「撮影技師」でした。
昭和16年に満期除隊の予定だった三船に一年早く満期除隊した、東宝撮影所の撮影部所属の先輩兵が除隊後に撮影助手として世話をするから訪ねてこい、と誘ったのがそもそものキッカケです。
結果的に戦火が激しくなったため、終戦まで三船は兵役を続け、終戦後、復員服のままで撮影所に直行します。
しかし、撮影技師としてコネで入るのは無理ということになり、成り行きで第一回の新人俳優オーディションを「いやいやながら」受けます。
のちに海外の空港で入国審査の際、"Do you have any spirits(強い酒)?"と訊かれ、
"Yes, I have Yamato-Damashii(大和魂)!"
と堂々と答えたことのある三船は、この新人オーディションにおいて審査員に「笑ってみて」と言われた時、「おもしろくもないのに笑えません」とふてぶてしく言い放ちます(笑)。
普通なら、ここで落選なのですが(笑)、この場にいて三船に大器の可能性を見たのが、後に世界中の映画ファンを魅了してやまぬ最強のコンビとなる黒澤明。
黒澤の口添えによって、なんとか及第となり、のちのスーパースターらしく、いきなりの主演デビューを果たしたのが昭和22年。三船敏郎、27歳の時。
この「銀嶺の果て」という作品は黒澤明が脚本で、監督は黒澤の下積み時代からの盟友、谷口千吉。
この、二年半前に95歳で亡くなった谷口千吉という監督は八千草薫の旦那さんです。
そして競演もまた、のちに最強のコンビとなる志村喬。
デビュー作でいきなり三船敏郎/志村喬の最強タッグがお目見えした訳ですが、凄いのはどちらかというと志村喬の方が主役で三船は終盤、死んで出番がなくなるにも関わらず、クレジットは新人の三船がピンで筆頭だったこと。
まさしくもって破格のデビューです。
ストーリーは、(当時は銀行強盗ではなく)銀行破りの三人組が長野の北アルプスの豪雪地帯で逃走を続ける、というもので、逃亡者三人のうちの二人が三船敏郎と志村喬。
それでもって作中の三船を一言で形容すると「ワイルド」に尽きます。
とにかく、デビュー作とは信じられない堂々とした存在感。そして躍動感。さらに広い肩幅と決して短くはない両足が真っすぐ伸びた体躯。
なんというか、デビューの時点で、もう何年も大スターとして君臨してきたかのような強烈なオーラです。
そして、当たり前ですがキリッとした二枚目。
当時の日本中の映画ファンの「凄いヤツが出てきた!」という感嘆が容易に想像できます。
Wikiに記載されている出演映画総数は実に160本!
私が観たことのある作品を一応、チェックしてみましたが、多分、38本だと思います。四分の一にも満たない!
俳優のデビュー作の第五回は大御所中の大御所、三船敏郎先生です。
「世界のミフネ」、三船敏郎が世界的に見て日本を代表するactorであることは疑いようがありません。
最近のアメリカでは、Ken Watanabeの名も知られるようになり、Koji YakushoやHiroyuki Sanadaの名前を認識している映画ファンもいるかと思われますが、少なくとも40代以上であれば、日本人映画俳優として真っ先に名前が上がるのはToshiro Mihuneだと思います。続いてTatsuya Nakadaiでしょう。
三船敏郎という俳優は仲代達矢同様、日本映画全盛期に、とにかく主役で出て出て出まくった人ですから出演本数は膨大で、しかも中年以降は外国作品にも何本も出演しています。
ここから先は、「いやあ、ためになるなあ。たしん、いいぞ!」と褒めていただいて然るべきところです(笑)。
世界的に映画の劇場観客動員数というのは実に単純な話し、テレビの普及でドカンと落ちて、ビデオの普及で更にドカンと落ちた、というのが常識なのですが、日本における映画の年間観客総動員数の最高記録が樹立された映画黄金期ピークの年というのは昭和33年です。
これは、あくまでも映画であって邦画ではありません。とにもかくにも日本人が歴史上、最も頻繁に映画館に足を運んだ年です。
一体、何人だと思います?
この手の記録は一人が五回、入場したら「五人」と記されるのが通例で総動員記録も人数で残されています。
なんとなんと、11億2,700万人!
そして、昭和33年の日本の人口は、9,176万7,000人!
これ、凄まじい数字だと思いませんか? 私は物凄く思います(笑)。
だって、この人口に12をかけても11億0120万人な訳です。ということは、この時点で全ての日本人が平均で月に一回以上、映画館に足を運んでいることになるのですが、これは生まれたばかりの赤ん坊を含む幼児や外出が困難な高齢のおじいさん、おばあさん、そして体が不自由な人達、さらに映画館が存在しない僻地に住んでる人々、も含めた人口総数ですから、劇場観覧可能な人の数で計算すると、かなり変わってきます。
昭和30年代の映画館が出て来る映画やテレビドラマには、内容に関わらず封切り毎に必ず観る人や週末は必ず観る人などが出てくるし、十代の頃の渡米前の落合信彦のように「一本のハリウッド映画を字幕なしで完璧に理解できるようになるほど観続けた」という人すら存在しますから凄い時代です。
日本人口に数えられていない、訪日中や日本在住の外国人の入場数もあることだと思いますが、大雑把な計算だと、映画好きも、そうでもない人も、内容が殆ど理解できないような子供も、全てひっくるめて昭和33年の日本人は年間、13回から15回ぐらい映画館で映画を観ていたと言えるのではないでしょうか。
この項、続く。
成り行きでインターネット動画ラジオの生放送に出演することになりました。
日本時間、3/28の日曜、夜10時です。アメリカだと、東海岸が3/28の日曜、朝9時です。
http://nasuwave.ikidane.com/
で、那須waveというところ発です。
番組名は「コロコロ・トーキング」。
私はゲストですので、タイトルのイメージとは全く関係ありません。
よろしかったら、見てチョンマゲ。
まあ、ホントに成り行きなんですけど、全くもって、
「迷わず行けよ、行けば分かるさ」ですな(笑)。
洋の東西を問わず、二世俳優というのは数多く存在します。そして親子共演の映画というのも相当数、存在します。
作中の配役によっては親子の共演というより「競演」にもなります。
そして、俳優親子が役の上でも親子を演じている例というのは、そう多くはありません。
実の親子がプロの演技者として親子を演じるというのは実に語りがいがあることだと思うので、私が今までに見たことのある、思い出せる限りの11本を紹介します。
と、思ったのですが、書き始めてみると、11本、全部を一気に書くとなると途方も無い長さになるのでシリーズで分けます。
まず第一回は、邦画だと二本しか思い浮かばないうちのメジャーな方、三國連太郎が海原雄山、佐藤浩市が山岡士郎を演じた1996年公開の「美味しんぼ」。
「美味しんぼ」の原作者は、私やサンディエゴのパスターマックが小学生時代、「右翼」という言葉の意味すら全く知らないくせに虜になっていた「男組」の雁屋哲ですが、映画化の際の海原雄山→三國連太郎のキャスティングは雁屋哲の要望です。
私の好みでは、ずっと長いこと、禅寺かなにかに数ヶ月、籠って、「俗っぽさ」と「にやけ」を綺麗サッパリ取り除いた山城新伍に海原雄山を演じてほしいものだ、と思っていたのですが、海原雄山よりもモデルとなった北大路魯山人に近いイメージで三國連太郎は要望されたそうです。
そして、このオファーを受けた三國連太郎は山岡士郎役に息子の佐藤浩市を指名しましたが、この当時の、この父子というのは、お互いを「三國さん」、「佐藤君」と呼び合う、はっきりと仲が悪かった確執の時期です。
そういう、まさに海原/山岡と同様の関係だった時に息子を指名した三國連太郎に、少なくとも私は、「プロとして互いに凌ぎを削って闘い終わればノーサイド」を望む歩み寄りの姿勢を感じます。
クライマックス近くに、山岡が煮た豆の味をみた三國・雄山が「私は負けたかもしれない」という、原作の海原雄山の口からは絶対に出て来ない台詞を呟きます。
私は、それを聞いて「おいおい、カンベンしろよ」と思ったのですが、後に三國連太郎/佐藤浩市の裏話を読むにつけ、三國連太郎の、勝ち負けなどには収まらない「老いゆく父の心」が込められていたような気がしました。
山岡が家を出て雄山と親子の縁を切った直接的な原因は母の死ですが、映画の中には山岡が十代中盤の時、臨終の母に付き添うことなく創作活動を続ける雄山に対し、「母さん(お袋?)が死にそうなんだ。すぐに家に戻ってくれ。いっしょにいてやってくれ」と懇願する、白黒の回想シーンがあります。
それは雄山が焼き物を焼く「登り窯」に薪をくべている時で、山岡の懇願を無視し、窯の火との相対を続け、ついに妻の死水をとることはありません。
さて、私の地元は宇都宮ですが、生まれてから二歳まで住んでいたのは栃木県の益子という益子焼の町です。
ここは私が二歳の時に母と離婚してから六十代で死ぬまでに私はトータルで一時間かそこらしか口をきいたことのない父親の墓のある町です。
とにかく益子焼で食っている町なので益子焼関連しか見るものはないのですが、観光地として成り立っています。
よって、県外から友人が遊びに来てくれると、宇都宮から車で約40分のこの町を案内します。
ここに、益子焼の大家である濱田庄司という人間国宝が住んでいた藁葺き屋根の家と作業場が残っていて見学出来るのですが、一番、目を引くのは敷地の一画に設えられた、かなり立派な「登り窯」です。
この登り窯を見る度に海原雄山/山岡士郎の回想シーンを思い出します。
追記:
2005年公開の「深紅」という映画のラストで、東京で色々とあった水川あさみが生まれ故郷の宇都宮に去って行きます。そして、友人の内山理名と別れる時、「宇都宮に行ったら案内してね」と言われます。
私は「車を持ったら、益子に連れてってやんな」と思いましたね(笑)。
将来的にはNCM2軍団と、シカゴ中村軍団、期待してくれ(笑)。まず、宇都宮駅で、とちおとめ(苺)とレモン牛乳で迎えるぜ。
日本代表・高倉健の数ある出演映画のうち、ほとんどの役柄は「現役ヤクザ」、「元ヤクザ」、「刑事」のいずれかですが、例外もあることはあります。
若い頃には殆どなかった、この例外の中で「炭坑夫」、「キックボクサー」、「流しの歌手」の3つを全部、やっている作品があります。
その名も「ごろつき」。
九州の斜陽の炭坑の町での貧乏暮らしから脱するべく、東京に出て来た健さんと弟分の幼馴染み、菅原文太は成り行きで流しの歌手になります。
そして、菅原文太のギターで健さんが唄う飲み屋でのツーショットが圧倒的に、粋で男臭い昭和濃縮絞り汁のような完成された豪華さです。
しかも、健さんがまず唄うのが何と!「網走番外地」!
そして、他の客の前で唄う次の曲が何と!「唐獅子牡丹」!
網走番外地と唐獅子牡丹を映画の中で健さん本人が唄っているのですよ、別人の役で。
私は何を隠そう、網走番外地も唐獅子牡丹も「男はつらいよ」同様、オープニングの主題歌は、いっしょに歌ってしまうタチなので、「こ、こ、こんな、お宝、ありがたや〜」と感動しました。
ちなみに、この映画には健さんのキックボクシングの試合シーンまであり、俯瞰シーンは差し替えの他の人が試合をしてますが、接近戦のアップでは健さんの「首相撲から膝」まで見られます。何たる、お宝(笑)。
菅井きんという人は2008年公開の「ぼくのおばあちゃん」という映画で82歳で「世界最高齢主演女優」としてギネスブックに認定されました。
しかし、この記録は正しくは1987年公開の"The Whales of August"で93歳で主演したアメリカのリリアン・ギッシュという女優のものであり、菅井きんが保持する記録は正しくは「世界最高齢初主演女優」となります。
この記録が物語るのは、菅井きんという人が日本映画界で長きに渡って「庶民的オバさんの名脇役」であり続けているということです。
「ぼくのおばあちゃん」では、さすがにお年を召した印象が強く、特に足が随分と細くなられたな、と私は感じましたが、この菅井きんという人はどれだけ記憶を遡っても常にオバさんです。
私が中学生ぐらいの時にビートたけし主演のテレビドラマで、たけしが、当時、既にオバさんというよりお婆さんのイメージだった菅井きんに対し、「きん!てめえ、この野郎!」(役名が「きん」な訳ですね)を連発し、菅井きんも「何だい、うるさいねえ」などと返していたのが強烈なインパクトでした。あれは禁断の笑いだった(笑)。
私の記憶の中で一番、若い菅井きんの出演作というのは学生時代にビデオで観た黒澤明監督の傑作、「生きる」(英題:"Ikiru")ですが、1952年公開のあの映画の中で菅井きんは既に立派なオバさんです。
私は役場に陳情するオバさんの一団の中の菅井きんを見つけた時、「うわ、こんな古い映画で、もうオバさんだ」と思いましたから。
それでは一体、菅井きんは、あの「生きる」の時点で一体、おいくつだったのだろう?と思ってWikiってみたら、なんとなんとなんと、26歳!
26歳で既にオバさん!
私がフィラデルフィアの日本食レストラン勤務だった時、たまに食べに来るお客さんで日本人留学生の女性がいました。
彼女は20代前半にして、「姑の顔」をしていました。「姑の顔」って、どんな顔だ?と訊かれても言葉で説明するのは難しいのですが、最近の日本の言い回しを使えば「ドS顔」ということになります(笑)。彼女の来店の度に私は「相変わらず、若くして姑の顔だ」と心中、唸っていました。
そして、彼女を見る度に「こんな古い映画で、もうオバさん」と驚いた菅井きんを思い出したものなのです。
菅井きんという俳優は脇役とはいえ、かなり強く印象を残すキャラクターだと思うのですが、Wikiの出演作一覧を見ると、私が作品自体を観ていながら菅井きんの登場を全く憶えてない映画がかなりあります。
特に「生きる」以外の黒澤作品は一本も憶えておらず、作品としてはかなり強烈な印象が残っている1974年公開の「砂の器」での配役も憶えてません。
むしろ憶えている方が圧倒的に少ない中で、極私的菅井きんのベストは何と言っても伊丹十三監督のデビュー作「お葬式」です。
「お葬式」で宮本信子の母、すなわち、お葬式で送られる亡き夫に生前、苦労させられた未亡人を演じる菅井きんのお葬式の最後の長回しの挨拶のシーンは、菅井きんの菅井きんたる最高のパフォーマンスだったと思います。
俳優の役作りの為の減量か増量の頁で書こうと思ってて忘れたネタを一つ。
私の宇都宮の実家の近くの居酒屋の、アンパンマンの声の戸田恵子にクリソツの女将さんから聞いた話しです。
現在、公開終了間際の山田洋次監督最新作、「おとうと」で、吉永小百合が姉、笑福亭鶴瓶が弟を演じています。
ネタバレにならぬよう、詳しくは書きませんが、役作りの為に笑福亭鶴瓶は痩せる必要があります。
しかし、五十代も後半になって初めての減量だし、すぐに結果が目に見えるものでもありませんから、なかなか苦労したそうです。
そして、その鶴瓶に日本の大女優、吉永小百合は、こう言ったという。
「つらかったら、私が代わりに太るから大丈夫よ」
これは、なかなか言えるもんじゃないよ! というより考えつかないよ(笑)。
「20世紀少年」の三部作は特に観たかった訳でもないのですが成り行きで全部、観てしまいました。
三作、通して私が一番、好きなシーンは高橋幸宏のベーシスト姿です。あれはブッコ抜きでカッコ良かった。私、齢41にもなって「こういう大人になりたいものだ」と思ってしまいました(笑)。
それと、唐沢寿明と唐沢寿明、演じるケンジの少年時代を演じた子役のマッチングは出来過ぎのパーフェクトさでした。「この子が大人になったら、こうなるな」という顔の造りの説得力がハンパじゃありませんでした。
この手の「一人の登場人物を世代で分けて複数の俳優が演じる」というパターンは数え切れないほどありますが「20世紀少年」の唐沢寿明と西山潤という子役ほど、ピッタリ、ハマった例はないと思います。
80年代に初老の主人公をMartin Sheen、その若い頃を息子のEmilio Estevezが演じた飛び道具がありましたが、唐沢寿明と子役の方が凄いと私は思います。
この飛び道具は「東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜」のオダギリジョーのオカンの現代と若い頃でも見られます。あの樹木希林と内田也哉子の母子の二人一役の説得力も凄かった。
この手のキャスティングは首を傾げざるをえない方が圧倒的に多いのですが、"Memoirs of a Geisha"(邦題:"SAYURI")のZhang Ziyiと大後寿々花という子役のマッチアップも見事にピッタリだったと思います。
「いくら何でも、こりゃあねえべや」というパターンを書き連ねてしまうとお叱りを受けることもあるかもしれないので二つだけ書かせていただくと(笑)、1995年公開の「南の島に雪が降る」で、高橋和也がトシとったら菅原文太になっちゃった(笑)のと、2007年公開の「オリヲン座からの招待状」で、加瀬亮がトシとったら原田芳雄になっちゃった(笑)パターン。「え?」というカンジで、自分はストーリー展開についていけてないのだろうか?と一瞬、不安になりました(笑)。
それと二人一役ではありませんが、私がかなり好きなKevin Smith監督の"Jersey Girl"でJennifer Lopezの娘を演じた可愛らしい女の子は、ジェニファー・ロペスに娘が出来たら、まさしくこんなカンジだろう、というレベルの顔立ちで、「よく見つけたもんだなあ」と感心しました。
今回の減量は格闘家が試合の契約体重に落とす減量ではなく、映画俳優の役作りの減量です。
役作りの減量といえば、私が考える代表的なものは三つ。
公開年度順に書くと、
"Cast Away"(2000)のトム・ハンクス
「命」(2002)の豊川悦司
"The Machininst"(2004)のクリスチャン・ベイル
です。それぞれ、プロとはいえ、ここまでやるか?というレベルの激ヤセぶりを披露しています。
まず、トム・ハンクスの一年以上に及ぶ役作りから。
私は"Cast Away"を観た時、他の多くの人達同様、恰幅のいいFedEx職員の状態と、無人島に漂流してから数年後の痩せた状態の、どちらを先に撮影したのだろうと考えました。
私の予想通り、恰幅のいい方が先ですが、撮影前の準備で、どのぐらい体重を増やしたかの数字はWikiの英語ヴァージョンでしか見当たりません。しかし、Wikiの50パウンド(22.5キロ)増量というのは、はっきり言って間違いだと思います。
減量したのは50から55パウンドということで間違いなさそうですが、50パウンド増やして50パウンド落としたというのであれば、無人島でバレーボールのWilsonに話しかける、あのトム・ハンクスがプラスマイナス・ゼロの普通のトム・ハンクスの状態ということになります。これはない。
それに、役作りで50パウンド落とすのは考えられるにしろ、50パウンド増やすのはいくらなんでも狂気の沙汰でしょう。
とにかく、撮影前に何パウンドか増やしてセーターの首がちょっと苦しそうな恰幅のいい体になり、飛行機墜落までを撮った後に丸一年間、撮影は休み。その一年間、トム・ハンクスは約25キロの減量に励み、無精髭も伸ばしたそうです。
「命」の豊川悦司は、癌の発覚から末期までの少しずつ体重が減っていく様の順撮りで、計13キロ落としたそうです。終わりの頃の頬の削げ落ちっぷりは妖気すら漂っていました。
豊川悦司は肉体の鍛錬のためにボクシング・ジムに通っているプロ意識と向上心の高い俳優なので、減量の方法その他でジムの仲間達が力になってくれたのではないかと私は勝手に思ってます。
そして、作中、"If you're any thinner(lighterだったかも) than you are now, you don't exist"と言われるクリスチャン・ベイル。
この人は出世作となった2000年公開の"American Psycho"で見事な肉体を披露していますが基本的に「カッコいい体の二枚目」です。
それが「不眠症で一年間、眠れずに痩せるばかりの男」を演じるために、
「一日にコーヒー一杯と林檎ひとつかツナ缶ひとつのいずれかで275カロリー」
というハードコアなダイエットを4ヶ月以上、続け、63パウンド(約28.5キロ)落として、体重がたったの121パウンド(約54.5キロ)になったそうです。
本人は体重99パウンド(約45キロ)まで落とそうとしたそうですが周りに危険だから止められたのだそうです。
私は「あれだけの体をこんなに細くしてしまうとは何ともったいない!」と思ったものです。
しかも、激ヤセ役作りだけでも凄いのに更に驚くのは次作が"Batman Begins"だったこと。
63パウンド減量して体重121パウンドになった後に、半年かけてビルドアップし直し、190パウンド(85.5キロ)のマッチョ体で"Batman Begins"の撮影に臨んだそうです。
ちょっと信じられないね(笑)。
1998年公開の「愛を乞うひと」という映画の中で主演の原田美枝子は三役をやっています。
まずは1998年において、高校生の一人娘を持つ中年女性。この中年女性は子供の頃、筆舌に尽くせぬ虐待を母親から受け続けた過去を持っています。
次にこの中年女性が子供の頃の母親、すなわち1998年の自分とほぼ同世代だった頃の虐待鬼母。
そして、その虐待鬼母の1998年のお婆さんの状態。
作中、現代の中年女性とその老母が二十数年ぶりに再会するシーンがあり、作品のクライマックスの宣伝文句として「現代のコンピューター・グラフィックの最高技術を結集して作り上げた特撮シーン」と説明されています。
また、市川崑が1996年に自身でリメイクした豊川悦司・金田一耕助の「八墓村」でも、並んで座って喋る双子の老婆・岸田今日子、という幻想の如き、はっきり言えば気味の悪いシーンが出てきます。
が、しかし、この二本の「同一カットでの一人二役」よりも私が「お見事!」と言いたいのは、生き別れになった双子を岩下志麻が演じる1963年/昭和38年公開の「古都」です。
オーソン・ウェルズの"Citizen Kane"の老けメイク同様、新しい映画の新しい技術がかなわない説得力をもって若く美しい双子の岩下志麻が見つめ合い、ともに歩き、喋り、雨に打たれ、並べて敷いた布団に横になり、それぞれの結婚について語ります。
温故知新ではすまない技術水準です。
「古都」は川端康成原作の京都を舞台にした物語です。
岩下志麻ほど、「おこしやす」、「おおきに」、「よろしおすな」、などの京都の女性の台詞、そして真打ち「いけずやわ」が似合う人もいないのではないでしょうか。
私は映画の中の飲食店内の壁の品書きに目が行くタチですが、飲食店等のお店の屋号にもアンテナがいちいち反応します。
そもそも15年くらい前に読んだ漫画の「ゴリラーマン」の中でゴリラーマンと藤本、中島の三人が登校途中に「ウチはイナゴといっしょで独自の仕入れルートがある」とうそぶく婆さんがやってる駄菓子屋で異常に安いアンパンと牛乳を買い、3人揃って強烈にお腹をこわすエピソードがありますが、その婆さんの店の隣りの店の「お〜、ありそう(笑)!」とウケまくった「カレーとコーヒーの店・ドンチャック」という看板を今だに憶えているくらい、私は屋号/看板が好きなのです。
変な店の名前というと鬼才・三木聡監督の独壇場で、パッと思い浮かぶだけでも、「亀は以外と速く泳ぐ」の「永久パーマ」という理髪店、「転々」の「正確時計店」、「アブドラ精肉店」があります。もっと、いっぱいあるはずなのに思い出せないのがくやしい。
他にも、塚本連平という監督の「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」の中の、いかにも昭和の栃木県にありそうな「アルバトロス」という喫茶店や、本広克行監督の「サマータイムマシン・ブルース」の「オアシス湯」という銭湯も印象に残っています。
さて、私が素晴らしいネーミング!として気に入っているのが「20世紀少年 第2章 最後の希望」の中華料理店です。
町の小さな中華屋/ラーメン屋といった風情の店の屋号は「七龍」。
由来は、店主の西村雅彦の説明では「私は師匠の七番目の弟子ですから、こう付けました」。
いいねえ。カッコいいねえ。
去年のいつ頃だったか忘れましたが、北野武が「芸術作品をここのところ作って来たけど、次作では原点に帰ってヤクザものを撮る」と語っているインタビューを読みました。
先日、"Invictus"を観に行った時の本編前、その次回作のヤクザ映画、「アウトレイジ」のプレビューを見ました。
これは2001年公開の"BROTHER"以来、9年ぶり/6作ぶりのヤクザものということになります。
作中、たけしは組長を演じていますが、考えてみると、たけしが組長を演じるのは初めてです。
"BROTHER"では結果的にLAの組織の頭になりますが、あれは組長というイメージとは少し違うし、あの映画の中の組長は渡哲也でしょう。
私は、この6月公開予定の「アウトレイジ」のプレビューで一つ、物凄く驚きました。
どう考えてもヤクザ役には向かない加瀬亮がサングラスにダークスーツで出ているのです(笑)。とにかく、とことん似合ってません。
もしかしたら、成り行きで組織に入るハメになる元・真面目な一般人なのかもしれません。
しかし、加瀬亮のヤクザがアリなんだったら、堺雅人のヤクザなんてのも拝見してみたいです(笑)。
あと、荒川良々(笑)。
私はハードコアな「男はつらいよ」ファンとして、ひとつ釈然としない思いがあります。
それは、全48作を通して何故に松竹の看板女優だった岩下志麻がマドンナを演じていないのか、ということ。
寅さんは第一作で御前様の娘に恋をしますが、岩下志麻は巨匠・小津安二郎監督の遺作、「秋刀魚の味」で笠智衆の娘を演じているので年齢的に「男はつらいよ」のマドンナは適役だったはずです。
同様に吉永小百合は宮口精二(「七人の侍」で一番、シブい剣の達人)の娘としてマドンナを演じましたが、岩下志麻は川端康成原作の「古都」で宮口精二の娘を演じています。
岩下志麻の美しさでいえば「男はつらいよ」のマドンナのハードルは高々と超えていたはず。
私は「切腹」では岩下志麻が仲代達矢の娘役というのは苦しいなあ、と思った程度でしたが、「秋刀魚の味」を観た時の「岩下志麻って、こんなに綺麗だったの!?」という衝撃は忘れられません。
「古都」の神懸かり的な美しさにもブッ飛びました(笑)。
極妻シリーズで定着した恐い女のイメージがネックになったのかといえば、これも違うと思います。私が知る限り、岩下志麻が恐い女を演じたのは、監督・野村芳太郎、主演・緒方拳の「鬼畜」が最初で公開は1978年ですから「男はつらいよ」のスタートから9年、経っています。1978年には第21、22作が公開されてますから、ここまででシリーズ屈指のマドンナ降臨の機会は絶対にあったはずです。
なのに、何故?
全48作の中には正直、ロクでもないマドンナが何人もいたのに岩下志麻が不在なのは何故だ!?と、ハードコアな私は思うのです。
岩下志麻という人はWikiによると小津監督が「十年に一人の逸材だから大切に育てるように」と松竹の幹部達に語ったというほどの女優ですから松竹作品が中心ですが、実に102本の映画に出演しています。
私が観たことがあるのは、極妻はどのぐらい観たか憶えてないので外して考えると、わずか17本。
私が岩下志麻の最高峰に推すのは1982年公開、監督・五社英雄、主演・夏目雅子の「鬼龍院花子の生涯」での死に際のシーンです。
「芸者のプライド」、「女のプライド」を強烈に放射しながら死んでいくあのシーンは、澄み切って鬼気迫る美しさと強さに満ちており、我々は「岩下志麻、ここに立つ!」という力に飲み込まれます。
あまりの迫力に心臓がぶっつぁけそうになるでしょう。
余談ですが、今から20年近く前、私がフィラデルフィアの日本食レストランで寿司を握っている時、寿司バー(カウンター席)に若い日本人女性が座ったことがあります。
知り合いでもない若い日本人女性がカウンター席に座るなどというのは極めて稀で、一年に一回は絶対にないような出来事です。しかもキリッとした凄い美人。
私は手が空いた時に厨房に行って、同僚のYさんとK君に「寿司バーに若い日本人の美人が座ってるよ」と教えてあげました。
二人は仕事の手を休めずに、それぞれ、「へー」、「どんな美人?」と言いました。
私が「若い頃の岩下志麻」と答えると、二人は同時に無言で包丁をまな板の上に置き、寿司バー近辺に行ってチラ線、切って帰ってきて「おお〜〜」と感嘆の声を上げました(笑)。
私は日本代表・高倉健のファンであるにも関わらず恥ずかしながら「唐獅子牡丹」を観たことがありませんでした。
という訳でTSUTAYAで「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」を借りてきて観たのですが、何と何と!舞台は宇都宮なのですね。
東映のお馴染み、波砕けの後、昔ながらの主演男優、健さんによる主題歌をバックにキャスト、スタッフ・クレジット全員が出て、いよいよ本編スタート。
すると、いきなり、「昭和の初め 宇都宮」の文字。
おお〜!言ってくれりゃあ、もっと早くに観たのに!という気分です。
当然、セットですが宇都宮駅も登場します。宇都宮駅といやあ、日本で初めて駅弁を販売した駅でごぜえやす。内容は三色お握り(笑)。
全く予想だにしていなかったことですが、物語の軸は宇都宮の西部に位置する大谷(おおや)石の採掘場の採掘権をめぐる二つのヤクザ組織の争いだったのです。
大谷石というのは塀や蔵の壁などに使われる石で、私の実家には何のかのと縁のある石材です。
親戚には若い頃、まさしく「石屋さん」だった人もおり、日焼け/マッチョ/天パー/鋭い眼光、を鑑みれば、「なるほど、こういう世界でシノイでた訳か」と必要以上に納得がいきます(笑)。
ちなみに栃木弁を喋っている人はただの一人もいませんでした。
沖縄の三日間の名残りということで少し前に日本代表・高倉健の「網走番外地 南国の対決」を観ました。
豪雪の網走で始まったシリーズが沖縄上陸です。
私はとりあえず自分の沖縄に関する認識不足を感じました。
沖縄返還が昭和47年で自分が生まれた後の出来事というのは頭の片隅で分かっていたつもりですが、沖縄返還以前に沖縄に上陸するためにはパスポートが必要であったとは、この昭和41年公開の網走番外地を観た先週まで予想だにしませんでした。
健さんは沖縄上陸直後にパスポートをスラれてしまい、舎弟の田中邦衛も財布をスラれます。
そして何とか替わりのパスポートをいかがわしい業者から買おうとするのですが、そのパスポートもビザのスタンプの種類、すなわち行き先によって何と値段が違います。
「で、どこに行くんだい?台湾かい?香港なら少し高くつくぜ」という塩梅。
大体、パスポートをスラれて当局に見せることの出来ない健さんが「密入国者」呼ばわりされますから、たかが40年で動く歴史の振り幅は侮れません。
健さんのパスポートは、若く美しく、いかがわしい大原麗子の手に渡り、結果的に健さんの手に戻りますが、その過程の値段の交渉がまた凄い。
大原麗子が提示する値段はパスポートと情報提供料、合わせて60ドル!通貨がドル!まさしく私の認識不足。
これに対し田中邦衛は「60ドルったら二万じゃねえか」という、まごうことなき当時のレートを披露します。そして、それに続く健さんの台詞。
「こいつぁ、財布スラれちまって文無しなんだが、スラれた財布ん中にゃあ、2000ドルほど入ってんだ」
すると大原麗子は「2000ドル・・・170万か。悪くないわね」。
計算が違う!
ちなみに沖縄弁らしき言葉を喋っている人はただの一人もいませんでした。
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