今回の「忘れ得ぬ選手入場シーン」は少し、毛色が違います。
何故ならば、「忘れ得ぬ理由」が選手でもテーマ曲でもなく、客だから。
2000年の大晦日に大阪ドームで初開催されたINOKI BOM-BA-YEは格闘家とプロレスラーが全試合、プロレスを行う大会でしたが、2001年度のINOKI BOM-BA-YEは一転して、全試合、総合格闘技ルールでの「K-1対猪木軍 全面対抗戦」という趣きで行われた画期的な対抗戦興行でした。
この大会は全試合、判定決着無し/時間切れ=引き分け、という昔なつかしの発展途上MMAルールで行われ、最初の4試合が全て時間切れ引き分けという最悪の消化不良の幕開けとなりました。
そして、セミファイナル終了までの対抗戦成績が1勝1敗4引き分けで第7試合/メインイベントの大将戦が雌雄を決する重い大一番となりました。
メインに登場するK-1軍の大将はジェロム・レバンナ。
そして猪木軍の大将はといえば、当然の大トリ出場の期待を条件面で折り合いがつかないことを理由に、怪我してる訳でもないのに蹴った小川直也ではなく、大会数日前にバンコクでの合宿中にアキレス腱断裂の大怪我に見舞われて欠場した藤田和之でもなく、絶対不利の下馬評の中、消去法で大抜擢指名された安田忠夫でした。
なお、この大会からさほど時間が経たないうちに石井館長の怒りの発言としてプロレス・マスコミが書いた裏話では、小川は「ジェロム・レバンナとギャラ8,000万円で」というオファーに対し、「ピーター・アーツと1億でなければ出ない」と言い続けて交渉が決裂したそうです。
さて、この大トリの一番、私はジェロムと安田のどちらが先に入場したか憶えてないのですが、多分、ジェロムが先だったと思います。
坂口征二から受け継いだ入場テーマ曲「燃えよ荒鷲」を背負って安田が入場してきた時に、リングス出身で当時、安田に総合を教えていた、露払い役の成瀬が不必要に目立って目障りだったのは印象深いところですが、なんといっても忘れられないのがジェロムの入場シーン。
さいたまスーパーアリーナ・スタジアムヴァージョンの長い花道は、下からせり上がって登場 → まず第1の通路を歩く → ゴンドラに乗って降りる → メインの第2の通路を歩く、というデザインだったのですが、いきなり闖入者が登場し一人乗りであるはずのゴンドラにジェロムと一緒に乗り込んでしまったのです(笑)。
そいつはゴンドラが降り切ったところで数人の警備員に連行されてしまい、もしかしたらメインの試合を観させてもらえずに会場の外に放り出されたかもしれないのですが、年明け、私と友人は、
「あのバカ、裏MVPだと思うよ、俺(笑)」
「俺もホンマ、そう思うで(笑)」
と褒め讃えました(笑)。
あの時はジェロムの全く動じない態度も凄いと思いました。とにかく揺るぎない自信があったのでしょう。
奇跡の勝利を上げた安田にとっては人生最高の夜であった筈。
試合後、猪木が感動して泣いたんだからね。
という訳で、根気と執念でその入場シーンの動画を見つけました!
実況は古館伊知郎。
賛否両論あるだろうけど、あそこまでバカなら俺は拍手する(笑)!

そういえば、ありましたね~~
懐かしいです~~
バンナのパンパンの身体もすごい!!
あの試合は安田劇場で、娘さんと
試合後に号泣してて、感動した覚えがありますね~~
確かに、忘れえぬ入場シーンです
投稿情報: ケーシー | 2010/09/04 05:52
今になってみると、あの放送がフジでなくTBSになった経緯は全く憶えてませんが、TBSがとにかくピンポイントでフォーカスした、
「博打で身を崩した男と娘の再生の物語」
が、「誰がどう考えても、これ以上は望めない」カタチで結実しましたね。
しかしながら、あれでハッピーエンドにならないところが博打の魔力であり、人間の弱さですね。
本当に恐ろしい業だと思います。
投稿情報: たしん | 2010/09/04 06:06
私はTVで見ましたが確かにあのお客さんは勇気でしたね。
安田選手に関しては私の周りではこんな形で引っ張り出される娘さんがかわいそうというのが大方の共通意見でした。TV的にはいいのでしょうがああいう煽り方は正直好きになれませんね。
投稿情報: フェイ | 2010/09/04 12:37
安田の娘は冬休み開けに良くも悪くも(悪い方が上だと思いますが)超・有名人になってしまって大変だろうな、と私も思いました。
個人的には高田の引退試合で向井亜紀がカメラに抜かれるのも、小比類巻の試合でやたらと母親を映すのも好きではありません。
逆に、結婚前の坂田がダニエル・グレイシーとやった時に小池栄子が放送席から外された時は凄いなと思いました。
投稿情報: たしん | 2010/09/04 16:22
この試合、よ~~く覚えてます。
私は、「ああ、安田は殺されちゃう・・・」と思っていましたから、ギロチンチョークが決まった時には、狂喜乱舞しましたよ。ダメ男が、これほど輝くとは!
しかし、私もあの娘さんには同情しました。
混乱した、複雑な表情をしていたように記憶しています。
投稿情報: オーハ | 2010/09/06 17:53
オーハさんは新生UWFのビデオの各選手の打撃技インパクトのキログラム測定を憶えてますよね。
あれが頭にあるので後に「小錦の突っ張りは1トン」と聞いた時の驚愕は相当のものでした。
そして私は北尾光司は嫌いですが、「小錦の突っ張りに比べればタイソンのパンチをもらっても平気だ」という物言いには説得力がありました。
よって、大相撲幕内まで行った人間の首の強さに私は畏敬の念を持っているので、当時は元相撲取りが総合の試合に出る場合、「一発もらっても平気」の自信を持って喰らう覚悟で突進できて組めれば勝つ可能性はかなり高いと思っていました。
実際に安田の総合デビューの佐竹戦も万にひとつも負けはないと予想してました。
よって、この大晦日も相手がアーツやベルナルドだったら安田の楽勝だけどジェロムは柔道のベースがあるから相当、キツいなと思っていました。
あのギロチンは「今、この体勢で俺に出来ることはこれだけ!」という無我夢中さが伝わってきましたね。
私も当然、「安田、でかした!」と狂喜乱舞しましたけど、ジェロムも大好きなので「いつでも帰って来いよ!」とエールを送りました。
ステファン・レコなんぞと違ってジェロムはクロコップ並みにMMAに対応できたと思います。
安田はこの大金星の後も博打で借金して、娘さんはまた煽りVに借り出されてましたからね。
気の毒です。
投稿情報: たしん | 2010/09/06 19:17
結局、安田はまったく変わりませんでしたね。
あの後、ブレイクのチャンスもあったのに・・・。
確か、紳士大判洋品店:サカゼンにもイメージキャラクターに起用されましたが、これもすぐに降板。
知り合いのつてをたどって、養豚農家で働いていた時のインタビューも読みましたが、あれも辞めてしまったようです。
いま、どこに?
投稿情報: オーハ | 2010/09/06 21:48
大晦日の大金星の勢いで2月の両国国技館にてIWGPのベルトを腰に巻いた時はワタクシ、会場で観てて「ここまで来たかあ」と感慨深かったのですが、結局、ほんの数試合で一度は借金をチャラに出来てしまったことがマイナスに響いたのでしょうか。
私は安田のプロレスデビュー戦で胸を貸した若手育成責任者、馳みずからが週プロに書いたリポートを読んで滅茶苦茶、感動したクチです。
ドン底を何度も見たからには、後は上しかないものとハラを括って這い上がってほしいと思います。
投稿情報: たしん | 2010/09/06 22:15
この大会と年明け1.4新日ドーム大会を見るためにアメリカから日本へ行き、安田の勝利に涙しました。
ところで、Tashin MMA Clothingはいくらで売れたの?
投稿情報: みお | 2010/09/07 17:22
スパムからの脱出おめでとう。
最後の意味が分からない。
投稿情報: たしん | 2010/09/07 18:55
メールアドレスをダミーにしたら、スパムから抜けられた。
意味はリンク先参照。
投稿情報: みお | 2010/09/07 20:04
ふ〜ん。
知らなかった。
既にHITMANも所有してたというところにも驚いた。
ちなみに、この前、test@test.comが実在しないダミーだろうとは思いつつも律儀に返信してみたら、その後、3回ぐらい、delivery failureのnoticeが来たよ(笑)。
投稿情報: たしん | 2010/09/07 20:16
安田が養豚場を辞めたことまでは知っていたんですが、今は、ソーラーシステムの営業マンなのだそうです。
そんでもって、「バイト」でリングに上がっているとか。
ご覧あれ。
http://blog.livedoor.jp/ryosijj/archives/51757149.html
投稿情報: オーハ | 2010/09/08 17:10
実際のところ、今の日本の全ての自称プロレスラーの中でプロレスだけで食ってけてる選手の割合は相当、低くなったんじゃないですか。
それにしても上記リンクに貼ってある安田の娘のブログ写真を見ると、中学生だった安田劇場から10年、経って現在23歳。
えらく大人になっちまいましたね。
実際、親子仲は相当、良さそうだし。
投稿情報: たしん | 2010/09/08 18:33