堤真一の最新作、「孤高のメス」を観てきました。
正直、さほど期待していなかったのですが素晴らしかった。
私は経験上、映画というのは「映画を観たくなったから行く」場合よりも、「観たい映画があるから行く」方が遥かに楽しめると思います。
平日の安い日(ないしはタダ)だから何か演ってんのを観ようというパターンはハズすことが多いものなのです。
しかしながら、ある意味、惰性で観に行った「孤高のメス」は良かった。
役者全員、素晴らしかった。
私には結構な数の「生理的に受けつけない役者」というのがいるのですが、「ハルフウェイ」と今作をもって成宮寛貴は克服したね(笑)。 これから先、長いこと頑張ってほしいよ(笑)。
私が愛してやまないThe Blue Heartsの「緑のハッパ」という曲の詞に、
「ルール破っても マナーは守るぜ」
というくだりがあります。
そして、「孤高のメス」の堤真一は、
「法律を破っても 医者のモラルは守るぜ」
の行動様式で執刀します。
俺はブルーハーツから本当に多くを学び、同じ想いを共有したけど、この「ルール破っても マナーは守るぜ」というのは、私という人間の根幹かもしれません。
まあ、「おめえは全っ然、マナーも守ってねえべや!」という人もいるかもしれませんが(笑)。
ルール、マナー、モラル、というのは時代と場所によって滅っ茶苦茶、変わります。
殿様と目を合わせた農民が斬られて当然だった時代、黒人が白人と同じトイレに入ることが許されなかった時代、土地によっては「足掛け婚」がまだ存在した昭和40年代、飲食店で幼児の目と鼻の先で親が煙草を吸う現代の日本。
私は「孤高のメス」の堤真一を支持します。
しかし今作を「出来過ぎのヒーロー物の中途半端なハッピーエンド」とする連中もいるでしょう。
実際に気持ちは分からないでもない。
理由も分かります。作中の堤真一が天涯孤独の身だから。
あの天才外科医が妻子持ちだったら、「孤高の判断」の背景はかなり変わってくるでしょう。
しかし、私はこう言いたい。
「孤高のメス」は"Shane"として観てくれや、と。
鉄砲がメス、馬が1989年という時代を彷彿させる「縦に立てた状態でのみ転がせるサムソナイト」に変わったけど、本質的には変わらない。
そして、それは普遍的でしょ。
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