「忘れ得ぬ選手入場シーン」、「ファイターのデビュー戦」ときて、須藤元気の三回目。完結編。
私は須藤元気が2000年5月のコロシアム2000に出場することが決まった時、「須藤元気には、物凄く切れるマネージャーがついているのだろう」と思いました。
何故かというと、パンクラスの新人王決定戦であるネオブラッド・トーナメント出場から一年も経っていない新人が東京ドームという巨大な箱でヒクソンー船木戦をメインに大々的に行われるイベントでアンドレ・ペデネイラスというビッグネームと対戦するというのは出来過ぎだったからです。
須藤元気という格闘家は逆輸入ファイターとしてパンクラスで日本国内デビューして以降、注目度の高い大会での活躍を続けました。
そして、その間、幾多のインタビューを読みながら私は「切れ者のマネージャー」がいるにしろ、いないにしろ、全てのチャンスは須藤元気という人間本人が自ら呼び込んでるのだ、ということを知りました。
「呼び込んでいる」というよりも常に「自分はやれるのだ」と自らに言い聞かせている。
例えば、ホイラー・グレイシーをKOした後には「何年も前に『絶対にホイラーに勝つ』と紙に書いて壁に貼り、毎日、読んで自分を鼓舞してきた」と語りました。
ポジティブな言葉を口にすることによってポジティブなエネルギーが心身に漲る言霊の影響力に留意し、常にポケットにカウンターを入れておいて、自分が「ありがとう」と言う回数を数えて、明日は今日より多くの「ありがとう」を言おうと心がける。
アウェイでの試合前は出来る限り毎日、会場に行き、内部や周囲の空気に慣れる「匂いつけ」を行い精神的ゆとりを構築してホームでの精神状態に近づける。
チャンスは常にポジティブに考え目標を確かに持って邁進する者にはおのずと与えられる。そう考えて実際にポジティブに生きている須藤元気だからこそ幾多のチャンスが与えられてきた、ということです。
2008年に須藤元気は「キャッチャー・イン・ザ・オクタゴン」という本を上梓しましたが、私はセンスのいいタイトルだなと思いつつ特に読みたいとは思いませんでした。
センスがいいと思ったのは「ライ麦畑でつかまえて」(原題:"The Catcher in the Rye")にズバリとハマった元UFCファイターの自伝に相応しいタイトルだからで、特に読みたいと思わなかった理由は二つありました。
ひとつは"the"の発音をカタカナで表現することは無理とはいえ、"The Catcher in the Octagon"のtheは「ザ」ではなく「ジ」だろう、と引っかかったため。
もう一つの理由は私小説ではなくエッセイだろうと勝手に勘違いしたためです。
ユニークで面白かった「ありふれた帰省」というショートフィルムの脚本まで書く須藤元気という才能の、小説をこそ読んでみたかったのです。
そして一週間ぐらい前、銀幕腕十字に頻繁にコメントをくれるケーシーさんという名古屋の格闘技者のブログに、「キャッチャー・イン・ザ・オクタゴンという小説は面白くて一気に読んだ」と書いてあるのを目にして、「そうか、『小説』で『面白い』のか」と私は思い、すぐに書店に買いに行きました。
二軒、まわって在庫がなかったので取り寄せを頼み、結果、私も一気に読みました。
普段、数冊同時進行でしか読書しない私にしては極めて珍しく、スタートからフィニッシュまで他の本を挟まずに一気に読みました。
この本は「須藤元気という元格闘家の青春は、こんな感じだったのだ、きっと」と本人が書いているように、須藤元気をモデルにした青年が高校入学後に友達にビデオで見せてもらったEGFCというUFCをモデルにした格闘技大会を目指し、EGFCに出場するためにレスリング部に入部し、23歳の「総合格闘技でプロ3戦の経験があるフリーター」の時に長年の目標だったEGFCマイアミ大会への出場が決定し、初の海外/初のメジャーでの試合を終えて東京に帰ってくるまでの青春小説です。
マイアミにおけるEGFCのデビッド・キーデイスという選手との試合は、須藤元気にとってUFC初参戦となったロンドンでのLeigh Remedios戦と、アメリカ本土でのUFC初参戦となったマイアミでのDuane Ludwig戦の二試合両方がモデルとなっています。
この本を読んでいて改めて感じるのは、須藤元気という人間が、目標を設定し目標達成に必要なことを時間がかかろうとも初志貫徹して実行してきた、ということ。
そして、才気あふれ、一般人には手の届かない栄光の数々を手にしてきた須藤元気も、かつては、あり余るエネルギーを持て余した普通の高校生だったということ。
しかし、この本には書いてありませんが、引退する時は試合後に突如、リング上で引退宣言を行う、というシナリオを高校時代に既に考えていて、実際にやったというのは、やはりタダモノではありませんね(笑)。
それに「名選手、名監督にあらず」の格言を見事に引っくり返して拓殖大学レスリング部監督就任後、東日本学生リーグ戦優勝に導き、最優秀監督賞を受賞する離れ業も見せています。
高校時代の日本的体育会系の鬱陶しさに嫌気がさして海外に出た須藤元気が日本の大学の運動部をどのように率いて好成績を導き出しているのか、日本中の指導者と選手にとって、かなり興味深いところだと思います。
とりあえず私は滅茶苦茶、興味があります。

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