洋の東西を問わず、二世俳優というのは数多く存在します。そして親子共演の映画というのも相当数、存在します。
作中の配役によっては親子の共演というより「競演」にもなります。
そして、俳優親子が役の上でも親子を演じている例というのは、そう多くはありません。
実の親子がプロの演技者として親子を演じるというのは実に語りがいがあることだと思うので、私が今までに見たことのある、思い出せる限りの11本を紹介します。
と、思ったのですが、書き始めてみると、11本、全部を一気に書くとなると途方も無い長さになるのでシリーズで分けます。
まず第一回は、邦画だと二本しか思い浮かばないうちのメジャーな方、三國連太郎が海原雄山、佐藤浩市が山岡士郎を演じた1996年公開の「美味しんぼ」。
「美味しんぼ」の原作者は、私やサンディエゴのパスターマックが小学生時代、「右翼」という言葉の意味すら全く知らないくせに虜になっていた「男組」の雁屋哲ですが、映画化の際の海原雄山→三國連太郎のキャスティングは雁屋哲の要望です。
私の好みでは、ずっと長いこと、禅寺かなにかに数ヶ月、籠って、「俗っぽさ」と「にやけ」を綺麗サッパリ取り除いた山城新伍に海原雄山を演じてほしいものだ、と思っていたのですが、海原雄山よりもモデルとなった北大路魯山人に近いイメージで三國連太郎は要望されたそうです。
そして、このオファーを受けた三國連太郎は山岡士郎役に息子の佐藤浩市を指名しましたが、この当時の、この父子というのは、お互いを「三國さん」、「佐藤君」と呼び合う、はっきりと仲が悪かった確執の時期です。
そういう、まさに海原/山岡と同様の関係だった時に息子を指名した三國連太郎に、少なくとも私は、「プロとして互いに凌ぎを削って闘い終わればノーサイド」を望む歩み寄りの姿勢を感じます。
クライマックス近くに、山岡が煮た豆の味をみた三國・雄山が「私は負けたかもしれない」という、原作の海原雄山の口からは絶対に出て来ない台詞を呟きます。
私は、それを聞いて「おいおい、カンベンしろよ」と思ったのですが、後に三國連太郎/佐藤浩市の裏話を読むにつけ、三國連太郎の、勝ち負けなどには収まらない「老いゆく父の心」が込められていたような気がしました。
山岡が家を出て雄山と親子の縁を切った直接的な原因は母の死ですが、映画の中には山岡が十代中盤の時、臨終の母に付き添うことなく創作活動を続ける雄山に対し、「母さん(お袋?)が死にそうなんだ。すぐに家に戻ってくれ。いっしょにいてやってくれ」と懇願する、白黒の回想シーンがあります。
それは雄山が焼き物を焼く「登り窯」に薪をくべている時で、山岡の懇願を無視し、窯の火との相対を続け、ついに妻の死水をとることはありません。
さて、私の地元は宇都宮ですが、生まれてから二歳まで住んでいたのは栃木県の益子という益子焼の町です。
ここは私が二歳の時に母と離婚してから六十代で死ぬまでに私はトータルで一時間かそこらしか口をきいたことのない父親の墓のある町です。
とにかく益子焼で食っている町なので益子焼関連しか見るものはないのですが、観光地として成り立っています。
よって、県外から友人が遊びに来てくれると、宇都宮から車で約40分のこの町を案内します。
ここに、益子焼の大家である濱田庄司という人間国宝が住んでいた藁葺き屋根の家と作業場が残っていて見学出来るのですが、一番、目を引くのは敷地の一画に設えられた、かなり立派な「登り窯」です。
この登り窯を見る度に海原雄山/山岡士郎の回想シーンを思い出します。
追記:
2005年公開の「深紅」という映画のラストで、東京で色々とあった水川あさみが生まれ故郷の宇都宮に去って行きます。そして、友人の内山理名と別れる時、「宇都宮に行ったら案内してね」と言われます。
私は「車を持ったら、益子に連れてってやんな」と思いましたね(笑)。
将来的にはNCM2軍団と、シカゴ中村軍団、期待してくれ(笑)。まず、宇都宮駅で、とちおとめ(苺)とレモン牛乳で迎えるぜ。

当時、「リングにかけろ」とか「ゲームセンターあらし」を愛読していた小学生が「男組」から受ける印象というのは、やはり大きかったね。自分の知らない大人の世界というものをちょっと覗き込ませてくれるような異色の漫画だったよ。前45度から描いた流全次郎の流し目が印象に残っているよ。
投稿情報: マック | 2010/03/09 09:08
「男組」は「劇画」っていうジャンルの初体験だったな。
当時のサンデーとジャンプの色を考えれば、男組とDr.スランプは本来、逆だったよな。
男組の後の祭俵太の男大空になると、身の丈10メートルの不良とか出て来てエンターテイメントな路線に行くけど、男組ってホントにコテコテの「さくらチャンネル」系だったもんな。
しかも連中、高校生(笑)。
神竜が流との決着戦で斬られて死んだの、校庭だよ。
小学館の少年サンデー編集部宛で雁屋哲にファンレターを書いたら、流の顔のバッジが送られてきた。嬉しかったね〜(笑)。
投稿情報: たしん | 2010/03/12 16:33
たしんさん!
日本に家族で里帰りするときには、絶対に訪問させていただきますよ、宇都宮!
来年あたりかなぁ…
投稿情報: はちこ | 2010/03/15 05:09
あの鮎の「やな」は6月の頭から10月の後半までです。去年の夏は友人達を連れて何のかので5回、行きました。
益子には「ポンタ饅頭」という、あからさまに取ってつけた有り難みのない名物があるのですが、実のところ滅茶苦茶、美味く、小振りなので一回に5、6個はイケます。
投稿情報: たしん | 2010/03/15 06:54