スタンリー・クーブリック、伊丹十三、オーソン・ウェルズと来て、四人目は思いっきり毛色の違う監督。
その名もケラリーノ・サンドロヴィッチ。
この映画監督は名前はロシア系なのですがデビュー以来の4作品、全て日本語の邦画です。
よって私は以前はロシア系日本人か日本での生活がかなり長いロシア系外国人だと思っていました。
しかし、実は「ケラ」でした。
ケラというのは1980年代中期、音楽業界における「インディーズ」という言葉が使われ始めた頃の走りのバンド、「有頂天」のリーダーです。
その昔、私は殆ど見たことがありませんが「ねるとん」なるモノがありました。あれは元々、フジテレビの夜7時か7時半スタートのとんねるずの番組の中で「ねるとん紅鯨団」という企画をやったことがあり、それが深夜枠に移動し、いつの間にか集団お見合い企画に特化してブレイクしたものです。
そして、この番組は片岡鶴太郎司会の「上海紅鯨団」の後番組です。
「上海紅鯨団」は私のアメリカ行きよりも前の番組で、ほぼ毎週、見ていたのですが、番組テーマソングが有頂天の「べにくじら」。
私はこの歌が大好きで特に滑り出しの
「ボクは気持ちを持ってきました 姿カタチは置いてきました」
という部分のコズミックな広がりを愛していました(笑)。
有頂天のリーダー/ヴォーカルの80年代からケラはマルチ・タレントのイメージが強かったのですが、2003年公開のデビュー作、「1980」(イチキューハチマル)で、ついにメガホンを取ったということです。
今のところ、私が観たことのある「1980」、「グミ・チョコレート・パイン」、「罪とか罰とか」の三本は好みもあるでしょうがケラらしさに満ちて爽快感とともに見終えることが出来ます。
デビュー作の「1980」は局地的に80年代の象徴とも言えるケラが、自身の原風景である1980年を当時を偲ばせる小道具をガンガン突っ込んで描いた快作です。
物語が始まるのはジョン・レノンの死の翌日。
1980年を彩るキーワードとして登場するのは、「聖子ちゃんカット」、「テクノカット」、沢田研二の「トキオ」、「なめ猫免許証」、「竹の子族」、「サンシャイン60」、私の記憶では1980年にはまだなかった「ストーンウォッシュ・ジーンズ」。
そして「ウォークマン」は小さめの辞書(こう言っちゃ何だけど「電子辞書」じゃないよ。紙だよ、紙。厚紙包装のパルプ)ほどの威容を誇ります。
それと、私が「こんな早くからあったっけ?」と驚いたのが留守番電話です。
1980年といえば、VHSが発売されて間もない頃だったような気がしますが、留守番電話の存在は私は早くとも1985年ぐらいまで知らなかったと思います。
私が初めて留守番電話を買ったのが1989年で30ドルぐらいでしたが、1980年の留守電は何と85,000円!
三姉妹の次女・ともさかりえと三女・蒼井優が「録音が楽しそう〜」とノスタルジック極まりない盛り上がりを見せます。
そして私が一番、感動したのはエンディングの夕日をバックに流れるメインテーマ、YMOの「ライディーン」!

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