1986年公開の「ア・ホーマンス」という映画は松田優作がメガホンを取った唯一の映画であるとともに、日本映画界で重要な個性である二人の俳優のデビュー作でもあります。
その二人は手塚理美と寺島進です。
主演のヤクザ、石橋凌の映画デビュー作であると書いているメディアもありますが、これは間違いで、石橋凌はARBでの映画初出演が「暴力戦士」、演技者としてのデビューは「Rock is Sex さらば相棒」で、「ア・ホーマンス」は純然たる俳優としての二本目です。
手塚理美はテレビドラマ中心の女優だったので映画初出演は比較的、遅く、25歳の時で既に有名人でした。時期的にはテレビの「ふぞろいの林檎たちⅡ」の放送翌年です。
寺島進は22歳での映画デビューで、とりあえず当然、ヤクザ役(笑)。私が初めて見て「この若いヤクザ、最高だ!」と思ったテレビドラマの「とんぼ」の、長渕剛に片耳、切り落とされる角刈り組員から2年前です。
手塚理美は石橋凌の恋人で、花屋さん勤務の堅気の美しい控えめな女性を演じています。
最近は「神童」の教育ママや、「ALWAYS 続・三丁目の夕日」の業深い中年女性や、「茶の味」の掴みどころのない不思議ママ、などを幅広く演じていますが、「ア・ホーマンス」では、昔ながらの「三歩、下がって」のタイプの美人です。
最近だと、「アルゼンチンババア」の役所広司の亡き妻や、「象の背中」の役所広司の初恋の女の子の40年後の姿、の楚々とした感じが一番、近いでしょう。
私が物凄く感銘を受けたのは、死ぬ覚悟で出入りに向かう石橋凌が最後の夕食を手塚理美のアパートで二人で食べるシーン。
石橋凌は恋人の手料理を静かに味わいながらポツリと「おいしい。今まで、こんなに美味しいと知らなかった」と呟きます。それに対し、手塚理美は恋人の死の決意を悟りながらも「行かないで」とか「考え直して」などとは言わない。何も言いません。
この別れのシーンは、もともとはベッドシーンだったのを監督・松田優作が「もっと違う角度からラブシーンが撮れないか」と変更したそうです。英断です。
寺島進は、後に万人が知る個性として定着する、「頬の削げたシャープな顔のイキのいいヤクザ」のデビュー作に相応しい若衆の一人を演じており、Wikiによると、寺島進にとって「ア・ホーマンス」の松田優作は「芸能界に入って初めて褒めてくれた人」なのだそうです。

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