15年ぐらい前だったと思います。多分、フィラデルフィアのローカル・フリーペーパーの文だったと思うのですが、こういう記事を読みました。
かつて「黒澤明、寿司、忍者」に代表されたアメリカ人が持つ日本に対するイメージは現代では「伊丹十三、カラオケ、ファミコン」である。
伊丹作品はそれほどアメリカで受け入れられました。後にオマージュが作られたほど愛されました。
伊丹作品はほぼ全作、アメリカで英語字幕付きで配給されているのでデビュー作、「お葬式」(英題:"The Funeral")もインターナショナル・セクションのあるレンタル屋なら借りて観ることが出来ます。
私もフィラデルフィアのレンタルビデオで観ました。
「お葬式」は1984年秋の日本公開で、私は高校一年でしたが、当時の私はこの映画の存在すら知りませんでした。
高校一年の秋というと、文化祭の振替休日の月曜の昼間、ひとりで"Footloose"を観に行ったのをよく憶えています。
後に高校二、三年と同じクラスだったN君に聞いたところでは、「お葬式」は「映画評論家が選ぶ」1984年度の「ワースト映画」だったそうで、私はその時の「そういうものなのか」という印象を何年も引きずっていたのですが、実際に自分の目で観てみて、評論家の評価と一般視聴者の好みの乖離、もっと言えば、評論家の言うことなんぞ全くアテにならないという圧倒的現実を痛感しました。
なんつったって滅茶苦茶、おもしろいんだもの!
話しは劇中俳優・山崎努の義父、すなわち山崎努の妻、劇中女優・宮本信子の父の突然の死から始まりますが、その死の原因となる贅沢な夕食からしてオリジナリティーが溢れています。
東京に出かけて帰ってきた老人が持ち帰った土産は、極度の倹約家にしては極めて珍しく贅沢な三品。
鰻の蒲焼き、サラミ、そしてアヴォカド。
私は1987年の渡米から数ヶ月、経ってのカリフォルニア・ロール初体験までアヴォカドは食べたことも見たこともありませんでした。
伊丹十三の監督デビュー以前のエッセイにはアヴォカド・ネタは出てくるのですが、1984年当時、アヴォカドという食べ物を見たことがある人はかなり希少だったでしょう。
下手すると、日本におけるアヴォカドの呼称が「鰐瓜」から「アヴォカド」に変わってから、ほんの数年だったかもしれません。
それを伊丹エッセイに出て来るヨーロッパの前菜風に半分に切って種を取った状態でスプーンですくって食べる。
日本の高齢のお爺さんがジャージ姿でこれをやる訳ですから伊丹ワールドの独創性はデビュー作の冒頭で既に炸裂していたということでしょう。
この作品中、私にとって印象深いシーンは本当に沢山ありますが、とにかく一番に思い浮かぶのは、「山崎努」という項でも書いた喪服のズボンを洗って干すシーン。
私が長く一緒に働いた職場の大将は、私にとって印象深い、そのシーンの前の、山崎努が義父の葬式に突然、現れた不倫相手と野外で情事にふけるシーンが強烈に印象に残っているようで、この映画の話しになると必ず、「山崎努が木のとこで、やっちゃうヤツね」と、おっしゃいます(笑)。
伊丹十三という人は、後期は分かりませんがデビューから数本は公開に合わせて撮影日記を図解入りで単行本として上梓しており、どれも才気あふれる上質の娯楽本でした。
「お葬式」の撮影日記の中で私が特に印象深く憶えているのは、棺を中央奥に喪服姿の身内一同が左右二列に並ぶシーンの逸話です。
何度、ラッシュを見ても奥の財津一郎が頭一つ飛び出ているのでよく観察していたら財津一郎が内緒で勝手に座布団を二つ折りにして座高を高くして目立っていたそうです(笑)。
その勝手な振る舞いを伊丹監督がまた褒めるんだわ(笑)。今時(当時)、滅多に見れない役者根性として。

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