時代を演出する小道具の代表選手は何と言っても電話です。市川崑の金田一耕助シリーズの宿屋の電話などは耳に当てる部分が壁掛けの箱形本体とコードで繋がれていて、喋る部分、いわゆるマイクは本体下部に取り付けられています。そこから、さらに20年ほど遡るとアメリカだとアンジェリーナ・ジョーリーがローラースケートを履いて電話の交換手をする、クリント・イーストウッド監督の"CHANGELING"の時代になります。
それが今や、"Fast And Furious: Tokyo Drift"などでは車二台の公道レースを見物者達が携帯カメラのムービーで動画配信して、長いコースの勝負を全員が見届ける訳ですから私のような生粋の文系は口あんぐりです。
バブル崩壊を食い止めるために母・薬師丸ひろ子と娘・広末涼子がタイムマシーンで1990年に飛ぶ「バブルへGO!」にはバブル最盛期の特徴的な小道具が大挙して登場しますが、時代は「ポケベル」です。
普通の人はまだ携帯を持っていませんが、「持ってる人は持ってる」携帯は、ティッシュペーパーの箱よりは小さい、というバカデカ・サイズです。
森田芳光監督作品、「失楽園」公開の1997年は、まだ中年が携帯を持っているのが珍しい時代で、主演の役所広司は携帯を持っていることで同僚に浮気を疑われます(笑)。実際に役所広司は黒木瞳と不倫関係にあるのですが、あの映画が日本の世間に与えた「携帯電話→不倫」という図式の影響は決して小さくはなかったと思います(笑)。
「女飼い」という映画で名高達郎が使っているのはスーツの胸ポケットにギリギリ入るぐらいのサイズ。
アンテナを伸ばして使用するタイプというのも懐かしい。
携帯電話普及の前に銀幕に頻繁に登場していたのは公衆電話です。
伊丹十三の傑作、「タンポポ」で自称・東北大教授が詐欺師だとは知らずに詐欺を仕掛ける「分かりやすい方の詐欺師」が仲間に「カモだよ、カモ!」と報告するのが中華料理店の公衆電話。
「男はつらいよ」では寅さんが日本全国津々浦々の公衆電話から柴又のとらやに電話をかけ、時として「10円玉がねえから、もう切るよ」という牧歌的な台詞も登場します。
寅さんが泊まる日本全国の宿には大抵、一階の階段横あたりに公衆電話、ないしは共同電話がありましたが、「下宿」などでも同じです。
「石内尋常高等小学校:花は散れども」の時代場面が大正12年頃から昭和20年代の終わりに切り替わる時、東京で豊川悦司が同窓会開催を知らされる電話は下宿の呼び出しです。
この「下宿の呼び出し電話」というパターンは下宿というシステムが終焉を迎えるまで長いこと続き、その間、その後も携帯電話完全普及の時代まで「寮の呼び出し電話」として若者の通信を支えました。
森田芳光が短編の脚本を書いて若手の監督達が撮るオムニバスのシリーズ、「バカヤロー!」の二本目、1989年公開の「バカヤロー!2 幸せになりたい」の第三話、「新しさについていけない」の主演、藤井郁弥と荻野目慶子の夫婦は古いものを大事に使い続け、ハイテックな生活用品への買い替えを全くしない夫婦です。
どのぐらい古いかというと、レコード針が駄目になったので、もはやレコードを売ってないレコード屋に買いに行き、店長の竹中直人に「南米に行けば売ってるかもしんないよ」と言われ、肩を落として帰宅するほどです。
しかもビデオはベータ!
この夫婦のアパートの隣りに住んでいるのがハイテックな生活代表のような青年、尾美としのりで最先端家電の象徴のように、いつも手に持ってるのが「コードレス・フォーン」です。
電話とはちょっと違いますが、同じく森田芳光の1996年の作品、「ハル」でストーリー展開を支えるコミュニケーション手段は「パソコン通信」です。
今では日常茶飯事として行われている「豊胸手術」の先駆けとして巨額の富を築いた二人の医師の人生を、実話を元に描いた"Breast Men"という映画があります。
二人のうちの一人が命を落とす原因は高級スポーツカーの「カーフォーン」(車載電話)で通話中の信号無視です。
Woody Allenが監督はせずに役者に専念して主演した1972年の"Play It Again, Sam"という映画の中には、仕事の関係で常に自分の連絡先を教えておく人、というキャラクターが登場しますが、実際に何をどうするかというと、レストランやバーに入るとまず店内の公衆電話から会社にかけ、書いてある電話番号を読んで教えるのです(笑)。
今現在、飲食店で公衆電話を見つけたら相当、懐かしい気分になることでしょう。
昨年、公開された横山秀夫・原作、堤真一・主演の「クライマーズ・ハイ」は、1985年の群馬県山中での旅客機墜落事故をめぐる話しですが、新聞編集部と事故現場の取材を繋ぐ電話がかなり重要なポイントで描かれています。
今でも電波が届かないという問題が出て来る可能性のある山中が舞台ですが、記者はとにかく歩き続けて電話を貸してもらえる民家を探すのです。
女性記者が救助活動に関する会議の進行をリアルタイムで編集部に連絡するべく坂道を何往復も走って民家で借りた電話を使うシーンもあります。
1985年だったら私の実家の電話とて黒いダイヤル式、いわゆる「ジーコロコロ」タイプだったと思います。
私は携帯を使い始めたのはかなり遅かったので、2003年公開のスパイ・サスペンス、"The Recruit"で、Colin Farrellの携帯がベッドサイド・チェストでブルブルブルと震えるのを見た時は「この演出は新しい!」と軽く興奮しました(笑)。
そのものズバリのタイトル、"Cellular"のように携帯が犯罪解決のキーになる映画はこれからも増え続け、同時に「犯人に告ぐ」のように、犯人が被害者や警察を誘導/翻弄する道具として使う映画も増え続けるでしょう。
考えてみれば、かつてのサスペンス、特に誘拐ものの定番だった、「居間の電話を関係者大勢が囲み逆探知を試みる」シーンというのも随分、見ていない気がします。ヘッドフォンをつけた人間が人差し指を回して「時間を稼がせる」あれ。
「身から出た錆の恐怖」という項で紹介したエイドリアン・ライン監督の"Fatal Attraction"では、浮気中のマイケル・ダグラスが、浮気相手の部屋から、実家に帰省中の妻に電話をかけ、自宅在宅を装って「今、シャワーを浴びてる時に電話が鳴ったようだったんだけど、君じゃないかい?」と、すっとぼけた演技をします。これが1987年。コーラーIDがない時代。
マイケル・ダグラスは1998年の"A Perfect Murder"でも、自宅への電話をキューに使い、殺し屋に妻を殺させようとします。
これは1954年のヒッチコックのクラシック、"Dial M For Murder"のリメイクで、両作品とも、電話が妻殺害のキュー出し、そして計画失敗のライブ伝達の装置として使われています。
私が以前、フィラデルフィアの日本食レストランで働いていた時、日本から半分研修、半分観光のようなカンジで来ている8人ぐらいのグループが来店したことがあります。
その時、一人の男性の携帯が鳴り、彼が喋った台詞を聞いて、私は「こういう時代になったんか」と驚きました。
彼は、こう言ったのです。
「あ、俺、今ね、アメリカにいんのよ。アメリカ」
要するに電話をかけてきた人というのは、この人が海外にいるとは知らず、日本からかけ、その電話がフィラデルフィアで繋がってしまう。
寅さんが成り行きでオーストリアのウィーンに行く、1989年夏公開の「男はつらいよ:寅次郎心の旅路」の中で、寅さんは退屈しのぎにホテルの窓から外を眺めている時に外を通りかかった赤の他人の日本人観光客に、「さくら、元気か。あんちゃんは元気だ」と書いたトイレットペーパーの切れ端を渡し、あろうことか、柴又のとらやまで届けてもらいます(笑)。
しかも、その親切なオジさんはツアーからの帰国後、成田から青森に帰る途中でわざわざ柴又に寄った筈です。
もし現代ならば、寅さんを無理矢理、ウィーンに連れて行った柄本明が必ず持っているであろう携帯で即時解決でしょう。
あるいは、毎日のように、さくらに「おにいちゃん、時差を考えて」と怒られるかもしれません。
携帯の国際通話などで驚いてたら、更なるスピードで携帯の進化は進み、デカプリオとラッセル・クロウ主演、リドリー・スコット監督の"BODY OF LIES"に代表される国際政治/スパイ物などでは、地球上で通じない場所はないんじゃないか、と思われるような携帯がバンバン登場します。
現代は携帯電話があるからこそ、親、夫婦、恋人が過剰に心配する時代なのだ、という旨の文を読んだことがありますが、確かに今の時代だったら、親に断り無く出かけちゃった"Stand By Me"の4人の家族は気が狂うことでしょう。
ちなみに私の記憶の中で一番、古い「子供が携帯を持ってる映画」は、村上龍の短編集、「走れ、タカハシ」をオムニバスの長編に変え、さらに、「カープのタカハシ」を「オリックスのイチロー」に変えて大森一樹が映画化した2001年の「走れ!イチロー」です。
中学一年生の女の子が持っています。
「釣りバカ日誌」はシリーズを通して、時代の「新し物」をさりげなく、特にスーさんの出勤前後に登場させてきましたが、スーさんの運転手の笹野高史が、車に寄りかかって携帯で喋ってる女子高生を追っ払うシーンを目にした時は、大げさではなく、「男はつらいよ」から連綿と続いてきた「釣りバカ日誌」の昭和・松竹の空気の終焉すら感じました。
旅先の寅さんの公衆電話の上に、出会ったばかりの赤の他人が10円玉を積み上げてくれたようなシーンは、これからの映画には、まず出てこないでしょうね。
追記:
携帯もEメールもスカイプもなかった時代に海外に住んだ経験のある人は、「南極料理人」がDVDになったら、ぜひ観ましょう。
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