2009年9月の今のところ、菊野克紀という格闘家の名前を聞いて、パッと顔が浮かぶ人は、ある程度の通レベルの格闘技ファンです。
しかし、彼の知名度は数年後には、格闘技といえば大晦日にチャンネル回しながら見るぐらい、の一般人でも顔と名前を知ってるレベルになります。
一言で言えば「大器」。
UFCライトヘビー級王者、リョート・マチダの大活躍によって総合格闘技における空手が見直されていますが、全く同じようにバックボーンである空手を全面に押し出して日本で出世街道をひた走っているのが菊野克紀選手です。
私は元々、前田日明信者で、リングス最終興行を見届けるために日本に帰るという、昔風に言えば「密航」を海を越えてやったことのある人間ですから、リングスでデビューして名を成した「世界のTK」、高阪剛が育てた大器が連勝街道をひた走っているのを見るのは痛快なことです。
菊野選手は鹿児島出身ですが、鹿児島にはかつて「熱視会」という前田日明とリングスを熱く見る目的で結成された集団が存在し、彼らの及力によってリングス初の鹿児島興行が鹿児島アリーナにおいて催されました。リングスがKOKルールを導入する、ずっと前ですから、軽く十年以上前の話しです。
今でもよく憶えていますが、その鹿児島アリーナ大会に先立って、プロモーションのために鹿児島を訪れたのが前田、高阪の両名です。
現在の菊野選手の活躍を見るにつけ、そのことをちょくちょく思い出します。
ちなみに高阪選手がリングス最終興行でリングス・ルールで対戦したのは宇野薫選手です。
そして一年と二週間後の2003年2月28日に宇野選手がアトランティック・シティーのUFC41でBJペンとの再戦に挑んだ時、セコンドとして高阪選手も渡米しました。
私は会場内で高阪選手と写真を撮ってもらいましたが、絵柄は私が高阪選手とバス・ルッテンに挟まれているものなので、友人達に「豪華!」と大層、羨ましがられました。
さて、菊野選手は鹿児島時代、柔道と、高校卒業後は空手で今日の基盤を作っています。空手は極真の歴代の「顔」のひとり、木山仁選手の下で励み、
「自分は木山先輩が世界王者になるまでを見ている。よって自分は世界王者の作り方を知っている」
と、実に菊野選手らしい、凡百の若い衆からは出て来ない、オリジナリティーと自信に溢れたコメントを残しています。
菊野克紀の試合運びに、ポイントを稼ぐ、手数で上回る、というコンセプトはありません。
自信のバックボーンである極真空手といえば「一撃」ですが、菊野スタイルの完成形も「一撃」です。
我が愛読書、格闘技通信に掲載されている談話によれば、彼の考えは武術、武道的なので、相手が十人だろうが武器を持っていようが、自分や大切な人の身を守れなければいけない、というのが主眼だそうです。
よって、ポイントを稼ぐという頭はなく、一撃で倒すことに拘る。
さらに、こういう意見は恐らく初めて聞くな、と興味深く読んだのは、
「一撃で倒すことの出来ないジャブは殺し合いで有効ではないので試合でもジャブは打たない」
代名詞とも言える一撃必殺の得意技は「三日月蹴り」です。
7月20のDREAM 10は、私はスカパーに入会している高校からの友人宅に押し掛けてPPVライブ観戦だったのですが、その友人は格闘技は、「テレビをつけて、やってたら見る」という程度で、特にファンという訳ではありません。以前、WOWOWに加入していた頃は熱心にリングスを観ていたそうですが、現在進行形の格闘技は「一般人が知ってる有名選手は知ってる」という程度です。DREAM 10に出ていた選手も一人も知りません。私が「この菊野はリングスの高阪の弟子だよ」と言ったら、懐かしがっていました。
彼は菊野克紀の三日月蹴りが強豪アンドレ・ジダに突き刺さった時、あまりの衝撃に「これ、反則じゃねえの?」と言いました。確かにプロレスならトーキックに似ているので彼の気持ちも分からないではありません。
さて、プロの格闘技の存在理由は「観るものに力を与えること」だと私は常々、思っています。
困難な状況と正対し乗り越える力、
人生を生き抜く力、
継続が与える力の存在を認識すること、
努力することによってこそ結果が出ることを知っている人間に対して才能という言葉は使われるのだということ、
そして単純に勇気。
例えば、伝説のドン・フライ対高山善廣戦を観れば風邪ひいてようが二日酔いだろうが失業中だろうが、怒濤の力が全身にみなぎるのを実感する筈です。
そして、観る者に力を与えることの出来る一流の格闘家が試合以外で社会的に意義のある活動を行うことは、時として政治家や宗教家、あるいは純然たるボランティア活動家以上に幅広い影響力を持つと思います。
菊野克紀には「薩摩」という後援会があり、株式会社菊野克紀という会社も起しています。そして、この二つの組織の連携プレーでボランティア活動をガンガン、まさしくガンガン、行っています。
チャリティー格闘技セミナーや鹿児島の海水浴場の清掃活動、集落の町おこしの手伝いの他に、老人ホームでの夏祭りの手伝いや空手の演舞の披露まで、ガンガンやっているのです。
前出の格闘技通信最新号に、老人ホーム(最近の呼び方だと高齢者用介護施設ですね)で、車椅子のおばあちゃんと握手するムキムキ・マッチョの上半身裸の菊野選手の写真が出ていますが、彼の笑顔がブッチギリで魅力的です。
私は男の顔は短髪ならば造りに関わらず男前、という考えですが、この写真の菊野克紀の顔は本当にカッコいい。
もし私に妹がいたとして、この人と結婚したい、と紹介されたら、速攻、大賛成だね、はっきり言って。
私、個人的な事情で高齢者用介護施設をごく最近、見学したのですが、もし、そういう場所での菊野選手の演舞に運良く遭遇してたら興奮のあまり、全身鳥肌の鼻血ブーでしょう。
7/20のDREAM 10は、菊野選手にとってのメジャー・デビューの舞台で、相手も申し分なく、勝ち方も完璧でした。
現在までの戦績は、DEEPのフューチャーキング・トーナメントまでをアマチュア、次のZSTのSWAT!参戦以降をプロとして分けて考えると、プロ戦績は、11戦10勝(5KO、1一本)1分け無敗で、現在9連勝中です。27歳。
10/6、横浜アリーナのDREAM 11への連続参戦も決まっており、対戦相手はまだ決まっていませんが、本人はJ.Z.カルバン、エディ・アルバレス、石田光洋の三人の名前を上げています。これに勝てば大晦日の一大イベント、Dynamite !への出場も怪我さえなければ、ほぼ確定となります。
どちらもTBSが地上波放送するので、「総合での武士道」に刮目すべし!

リングスは面白かった。 打撃は素人目で見ても強烈だったし、関節技も何処が利いてるのか判然としないにしても興味をそそられた。 “サブミッション”という言い方は、リングス独自のものだったのかな?
投稿情報: ヒロちゃん | 2009/09/08 06:04
「サブミッション」という言葉は随分と前から存在したけど、一般化したのは、前田がリングスを始める前に革命を起こした団体、新生UWFだと思うよ。
菊野克紀は、マジマジ、応援してくれ。俺あ、好きだ。
それと、この前の話しで出た、毎月第四金曜の話しだけど、N君は急な出張が入らない限り、大丈夫ってさ。
そっちのダチのShin1氏のとこで禁煙が成り立つのであれば、そこ。無理なら、この前と同じ店内全面禁煙の焼き鳥店にしませう。
投稿情報: たしん | 2009/09/08 06:20
了解です。
投稿情報: ヒロちゃん | 2009/09/08 15:57
菊野克紀選手が、薩摩出身でしかもそのスタイルが「一撃で倒す」ということを信条としている、との記事を読み真っ先に頭に浮かんだのは同じ薩摩の独特の剣法「示現流」です。絶叫とともに振り下ろされる一の太刀に全てを賭けた、あの一撃必殺の剣術。そのため、薩摩藩士の斬った死体は一目で分かったとか。菊野選手の「一撃で倒すことの出来ない...」のコメントは、まさに道場剣法とは明らかにに一線を規す、超実戦
の示現流を使っていた薩摩藩士の再来を見る思いで、非常に興味深く感じました。「翔ぶが如く」を再読していた僕の前にふらっと現れ、そして去ったいったあのSHINと同じく、未だに彼の地には薩摩の侍を彷彿とさせる人物がいるのですね。これからの菊野選手の戦い、心して観せて頂きます。
投稿情報: TMKZ | 2009/09/08 20:09
さすがに歴史に詳しい人の言う事は勉強になる。
SHINにしろ長渕剛にしろ、鹿児島出身の男はワイルドで自分の出自に誇りを持ってる感じがするね。
俺のアメリカ初期の友人で「ごわす」っていう渾名のヤツがいたけど、彼は、自分は鹿児島出身なので西郷隆盛風に自己紹介します、と言って喋り始まって「ごわす」と命名された。本名は全く憶えてない。
投稿情報: たしん | 2009/09/08 20:33
菊野克紀と言う人は文章で読んだだけなので詳細はわかりませんが「三日月蹴り」を試合で使用したということで憶えています。
三日月蹴りと言えば、極真の成嶋竜を思い出します。
この技の使い手が総合格闘技の舞台に立つと考えただけで身震いします。
TMKZさんが言うとおり、
朝鮮出兵の時、薩摩軍の通った後は死体ではなく肉片しか残らなかったという話も聞きます。
これから菊野克紀という男がおこすであろう奇跡に期待します。
投稿情報: Kazu | 2009/09/09 00:46
成嶋竜!軽量級のドラゴンな。懐かしい。
三日月蹴りは素人が真似すっと足の指を確実に捻挫するだろうね。
投稿情報: たしん | 2009/09/09 03:45
そうですか、菊野選手は、あの世界のTKが育てたんですね。
私は、最近の総合格闘技は、あまり詳しくないのですが、
初期のUWFやリングスには胸を躍らせていました。
あの頃、高坂選手、光っていましたよね。
菊野選手。早速、たしんさんの愛読書でチェックしてみます。
TMKZさんの、示現流を例に挙げてのコメント、面白いですね。
一撃必殺。そんな示現流・武士道ファイターが総合で活躍したら、
これはすごいことです!
投稿情報: オーハ | 2009/09/10 00:12
オーハさん、ありがとうございます。
私はオーハさんは昭和プロレスで完結したのかと思ってました。
しかし、考えてみれば生前の馬場さんに関するグレート子鹿のインタビューを読んでる訳ですから、ずっと続いているんですね。
「夢の興行の夢のカード」で書いた、北岡ー菊野戦が実現したら、凄まじく緊張感のある試合になると思います。
それと、内輪の話しですが、安食牧師情報です。
以前、孫の顔を見に夫妻で渡米したことは、お知らせしましたが、安食牧師は一足、早く帰国して、奥さんは娘夫婦と孫の元に残ったのです。
そして奥さんの帰国の際、安食牧師はわざわざ二往復目で迎えに行ったのです!
投稿情報: たしん | 2009/09/10 00:39
はい。私は、昭和のプロレス者です。
しかし、その世界に、前田率いるUが殴りこんできました。
彼らのサブミッションに衝撃を受けました。
アキレス腱固め、ひざ靭帯固め(今でいう膝十字)、
クロックヘッドシザーズ、チキンウイングフェイスロック。
見たことのないような技ばかり!
当時、私は中学校の教師をしていたのですが、
プロレス好きの生徒と、「あの技は本当に効くんだろうか?」と
互いに技のかけっこをしたものです。
しかし、膝十字だけは、どうしても決まらなかったなあ・・・。
(当時は、極めるポイントがわからなかったのです)
そして、初期のアルティメットにも興奮しました。
辮髪の怪人キモ、喧嘩屋タンク・アボット、
巨漢相撲レスラーのエマニュエル・ヤーブローなど、
荒削りの選手ばかりの中、柔術のテクニックを駆使し、冷静に勝利する
ホイス・グレーシーには、柔道出身者として素直に喜んでいましたよ。
あれから、総合格闘技は、すさまじい進歩を遂げましたね。
私は、もう浦島太郎です。
投稿情報: オーハ | 2009/09/10 02:53
なんて素晴らしい中学教師なんだ!
生徒達が心の底の底から羨ましい。
私の中学二年の時の担任なんて、ホームルームの時、
「金曜の晩に、八百長やってんべ。あんなの見てっと馬鹿んなっかんな」
と抜かすような人間でした。
私は、まごうことなき非差別民族でした。
私も足関節はあまり得意ではないのですが、この先、お会いする機会が一回もないことは絶対にないと思うので、膝十字を勉強しときます。
投稿情報: たしん | 2009/09/10 03:10