私が贔屓にしている格闘技動画サイトに懐かしい試合がアップになりました。
実を言うと写真でしか見たことのなかった試合なので、速攻、クリックしました。
1992年4月19日、東京体育館。藤原組旗揚げ一周年記念興行での異種格闘技戦、
船木誠勝対ロベルト・デュランです。
当時の船木は、あらゆる面で秀でた23歳の若きエース。対するデュランはスーパースターの成れの果てでした。
80年代のボクシング中量級黄金時代を、シュガー・レイ・レナード、マーヴァラス・マーヴィン・ハグラー、トーマス・ヒットマン・ハーンズ、と共に"The Fabulous Four"として支えたパナマの英雄は、船木戦の時、年齢は40歳でボクシング引退からも時間が経っており、腹の出た体がショボくてTシャツ姿で試合をしたほどでした。
試合開始直前、船木はレフェリーに「Tシャツ、脱がないの?」と訊きます。レフェリーは「脱がない、脱がない」といって試合を開始します。あの時点で、仮にデュランが勝っていたにしても「Tシャツを着て試合したオッサン」の酷評は避けられなかったでしょう。
ルールは、3分・10ラウンド、フリーエスケープ、寝技10秒制限。デュランはボクシング・グローブを着けて全局面でのパンチあり、船木は素手で掌底のみ。
PRIDE全盛以降に格闘技ファンになった若い層にとっては、にわかに理解しがたい古代遺跡のようなルールです。
デュランは身長170センチの中量級の選手が中年太りになった状態なので23歳の船木と相対すると正にリーチの足りないオッサンです。
決まり手は公式ではアームロックですが、「Vクロス」とか「腕ひしぎ足固め」と呼ばれる、両足で決めるストレート・アームバーと袈裟固めの複合技です。
あっという間のタップでしたが、注目すべきは船木のスウェーとダッキングで、「やっぱ、こいつは天才だ」と思いましたよ、私は。
そして試合終了後、放送禁止用語まで使って最戦要求(どうせ、やる気ねえくせに)するデュランに対し、船木の、パンクラス時代の
「明日、また生きるぞ」
と双璧をなす名マイクが出ます。
「次、来る時は体重、落としてこい、こら」

コメント