私はプロレス・格闘技好きの通人として、ごく内輪の仲間達での、メジャーな大会の連勝単式・優勝予想を11年間、プロデュースしていました。
具体的には1996年10月開幕のリングス・メガバトル・トーナメントから K-1 World GP 2007 Grand Final までです。
2007年のK-1 GPで丁度、50回の予想を終えたので大いなる一区切りとして長期充電に入りました。またやってくれという声も多いので、何年か後に復活することもあるでしょう。
さて、50回の予想は、一番、少ない時で10人、多い時は30人以上で行われ、一人につき最大10通りまでの連単予想が許可される公式ルールを採用していました。
8人掛けのトーナメントだと連勝単式の可能性は32通りです。一人につき10通りの予想が許可されて20人、30人の人間が参加するとなれば、誰も当たらないということはないだろう、と大抵は思うのですが、プロレスも格闘技も何が起こるか分かりません。
負傷者棄権によるリザーバーの決勝進出で正解者ゼロになることもあれば、全く誰の眼中にもなかった伏兵の決勝進出により皆の目が点になることもあります。
今回は、11年/50回の歴史中、誰も結果を予想できなかった実に13回もの大会を紹介します。「あー、そんなの、あったなー」と懐かしがってください。
最初の名前(左)が優勝者で、右が準優勝者。
1997 リングス、メガバトル・トーナメント(田村潔司 - イリューヒン・ミーシャ)
1998 K-1 World GP Grand Final(ピーター・アーツ - アンディ・フグ)
1999 新日本プロレス、G1クライマックス(中西学 - 武藤敬司)
1999 K-1 World GP Grand Final(アーネスト・ホースト - ミルコ・フィリポヴィッチ)
1999 リングス、KOK(決勝は2000年)(ダン・ヘンダーソン - レナート・ババル)
2000 PRIDE Grand Prix(マーク・コールマン - イゴール・ボブチャンチン)
2001 K-1 GP, Aブロック予選(ジェロム・レバンナ - アダム・ワット)
2001 K-1 GP, Cブロック予選(アレクセイ・イグナショフ - ロイド・ヴァンダム)
2001 K-1 Japan GP(ニコラス・ペタス - 武蔵)
2003 K-1 World GP Grand Final(レミー・ボンヤスキー - 武蔵)
2005 K-1 MAX 日本代表決定トーナメント(小比類巻貴之 - 新田明臣)
2005 K-1 World GP Grand Final(セーム・シュルト - グラウベ・フェイトーザ)
2006 K-1 World GP Grand Final(セーム・シュルト - ピーター・アーツ)
私が個人的に一番、「この世は何があるか分からない!」と驚いたのは、2001年のK-1 GP予選Aブロックにおける、アダム・ワットの決勝進出です。この時は、LeBanner - Sefo, Sefo - LeBanner の二つが全体の80%ぐらいを占めていました。
ちなみに、この予想シリーズは「Philadelphia K.O. Unlimited 認定、プロレス・格闘技予想王座」として、最初、トロフィーを作り、トロフィーが壊れたあとは私の自腹でチャンピオン・ベルトまで作ってしまいました。
将来的には椎名誠と少年時代の息子・岳が繰り広げたタイトル・マッチのようなものを私と空手少年の倅でやる際に、このベルトを懸けることになります。

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